多様化する〝個〟をつかめ
専門家3名の視点
日本農業新聞は10月27日、農産物販売のデジタルマーケティングの最前線を学ぶセミナーを東京・秋葉原で開いた。専門家が、消費者のライフスタイルや需要の急速な変化に対応するために、情報共有や商品化への意思決定を速めるデジタルツールの活用を提案した。戸井 和久
JA全農/チーフオフィサー

心に刺さる〝物語〟に価値
消費行動の変化を捉えるには、インターネット、総菜化、健康、安全性、ストーリーの五つがキーワードになる。客とのコミュニケーションを深め、多様化・細分化するニーズへの最適化が求められる。ビッグデータを分析し、個別の客の姿を捉えることが重要だ。マーケティングで変化に対応するには、情報収集から行動まで意思決定を速める必要がある。そのために全農グループの体制を変え、従来の縦割りではなく、農畜産物の各分野を横に結ぶ「営業開発部」を立ち上げた。業務の進捗や商品の情報共有を迅速化する業務アプリも導入した。
今あるニーズに合わせる「マーケットイン」では、優良事例をまねるだけで、いつか縮小する。これからの商品開発は、生活者の潜在ニーズを掘り起こし、人に語りたくなるような産地のストーリーを発信することが求められる。口コミで拡散するのは商品ではなく、共感できる「物語」だ。ニーズに合わせ、かつ生産のこだわりなどを提供するのが本当の「プロダクトアウト」で、差別化商品になる。
全農では生産、流通、販売の関係者が取引先を含めてチームを組み、「ニッポンエール」ブランドなど課題を解決して付加価値も高める商品を開発してきた。産地で廃棄予定だった、黄色い完熟カボスの甘味に価値を見いだしたサワーも一例だ。今はeコマース(電子商取引)の急速な普及など劇的な変化が起きている。スピード感を持ち、小さなトライアルを重ねてほしい。
とい・かずひさ 1978年イトーヨーカ堂入社。青果部門で「顔が見える野菜。」ブランドや、循環型農業に取り組むセブンファームの設立に携わる。2014年同社社長最高執行責任者(COO)就任。16年に退任。17年から現職で、販売戦略をけん引する。
横石 知二
(株)いろどり/社長

情報制して先手打つ
中山間地の徳島県上勝町は、地域全体での情報通信技術(ICT)活用を日本で最も早く進めてきた。自分の仕事が楽になる、もうかるといった利点を示せば、人は動く。90代の農家でもパソコンやタブレット端末を使い、葉っぱやスダチを商品にして売り上げている。農家や顧客、間に入るJA担当者が、商品の出荷量や売れ行き、不足品の情報などを受発信できる「いろどりシステム」を活用する。注文取りは早い者勝ちで、売り上げが直ちに分かる。成績表として農家別の月間売上額も見えて、農家のやる気の向上になる。
取れたものを売るのではなく、農家が先手を打ち、経費も考えて価格を決めて提案する。いつ何を出せるかの情報発信が速く、葉っぱではなく、情報で商売する。同じ商品でも、需要期に合わせて受注すれば、売り先を決めずに市場出荷したものの倍以上の価格になることもある。
高温続きで涼感を出すレンコン葉が売れるなど、消費の変化から商機を見つける。デジタルの力で、都心の飲食店での使われ方や、市場で今売られている商品の写真などを多くの農家に同時に発信し、共有できる。
生産部会の出欠確認などはシステムの一環としてLINEで簡単にでき、JA職員の負担も減った。出荷前に売ることが重要で、園地を空撮してデータ化し、出荷量の予測も進めたい。JAはICTの活用が遅れている。仕組みをつくり、戦略として進め、一部会からでも始めるべきだ。

よこいし・ともじ 1979年に徳島県上勝町農業協同組合へ営農指導員として入組。96年、上勝町に転籍。99年に(株)いろどり設立。徳島大学客員教授、四国大学特認教授、農水省農山漁村有識者懇談会や総務省ふるさとづくり懇談会の委員を務める。
大屋 誠
LINEヤフー/部長

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今後、グローバル企業から小さな企業まで、データ活用をするかしないかで競争力に大きな差が出てくる。データはあくまで手段であり、自分たちの事業の成長、顧客へ良い体験を届けてファンになってもらうために活用してもらいたい。
おおや・まこと ビジネスデザイン統括本部データマーケティング本部コンサルティングサービス2部の部長を務める。ヤフーのビッグデータを活用したデータソリューション事業で、官公庁や公共団体のコンサルティングに従事する。
