食べ物を残すなというのがうちの決まり。「お米一粒の中に7人の神様がいる。感謝の気持ちを込めて、茶わんについてるものも一粒残さず食べなさい」と指導されました。
父はちゃんこ料理店をやっていましたが、家で食べるのはおふくろが作る普通の家庭料理。僕にとってのおふくろの味は、ハンバーグとカレーライス。他に好物といえばステーキでしたよね。魚より肉でした。
高校時代は寮生活でした。体づくりをしないといけないので、監督の指示で1食につきご飯を1200グラム食べるというノルマがありました。
その時に感じたんですけど、ご飯をしっかりと食べた子は、体が強くなっていくんですよね。ご飯をあまり食べずにおかずを食べていた子たちは、体が大きくならずけがをしやすかったです。農家の方が耕した土から生えてきたお米の栄養は、人間の体をつくるんだと感じました。
プロ入りしてからも、若手のうちは体を大きくしないといけないので、栄養士から1日4000~5000キロカロリーを取らないといけないと指導されました。さらに栄養のバランスについての指導も受けました。肉好きの僕は、牛は野菜を食べて育ったんだから牛肉を食べれば野菜も取ったことになるという考えでしたが(笑)。栄養を計算した食事というものを、初めて経験しました。
結婚後は、アスリートフードマイスターの資格を取ってくれた妻が、栄養のバランスの取れた食事を作ってくれました。ある程度の年齢になると、逆にカロリーは抑えるようにしないといけません。砂糖を使わずに、みりんや食材を利用して甘味を出してくれたり、極力カロリーを減らす工夫をしてくれました。
僕がメジャーリーグに挑戦した2020年は、ちょうど新型コロナウイルスの初年度でした。入団したのはカナダのトロントに本拠地を置くブルージェイズでしたが、コロナのためにカナダでは試合が行われず、ニューヨーク州のバファローにある2軍の球場を本拠地として使うことになったんです。家を借りずにホテル住まいをすることになったので、自炊もしませんでした。施設は2軍のもので、調理場がしっかりしてなくて、食事で出るのはブリトーとかハンバーガーばかり。これはしんどかったです。
コロナのため妻にはビザが下りなかったので、1人で行ったんです。もし妻も一緒に来てくれたなら日本食を作ってもらえたでしょうけど。僕は渡米の際にパックのご飯、インスタントみそ汁、ご飯の供などを持ち込みました。100リットル入りのスーツケース一つに丸々食事を詰め込んだのです。向こうで日本食のありがたさが身に染みました。
現役引退後、ちゃんこ料理店を開きました。食材生産者の方々とお話をする機会が増え、肉にしても野菜にしても、皆さんがどういう気持ちで作ったかを知ることができました。生産者の期待に応えられる調理をやらないといけないと感じ、お客さんが残さず食べられるように味や提供方法についても考えています。
将来的には海外展開もできればと思っています。日本料理は世界で人気ですけど、日本人が作っている店というのは意外と少ないんです。日本人が作る店として、日本食と相撲という日本の文化を世界に広められればうれしいですね。
やまぐち・しゅん 1987年、大分県生まれ。父は元幕内力士の谷嵐久さん。柳ケ浦高校卒業後、横浜(現・横浜DeNA)ベイスターズに入団しクローザーとして活躍。2017年に巨人に移籍し、翌年中日戦でノーヒットノーランを達成した。19年に15勝で最多勝利などのタイトルを獲得。20年はトロント・ブルージェイズでプレー。引退後、東京・六本木でちゃんこ店「TANIARASHI」を経営している。