それまでは日本食をありがたいとは思っていませんでした。当たり前ですよね、普段食べているんですから。食べ物に限ったことではないでしょうけど、普段から身の回りにあるものより、珍しい物の方がありがたい気がするんです。
すごくワクワクした気持ちで行ったんですけど、当時のスイスやドイツではとにかく肉を食べることが多かったわけですよ。味付けも、ほとんどが塩味。たまにハーブソルトや塩味+デミグラスソースのような料理もありますが、それでも基本はしょっぱいだけ。味が単一だと感じました。日本はアミノ酸の文化。味付けにうま味が感じられます。お刺し身でもみそ汁でも、うま味のある味わいを楽しめますよね。
それから年に2、3回ほど、スイスとドイツを訪れています。年齢を重ねるにつれ健康志向も高まったので、より日本食の良さを感じています。向こうに行く時は、大きめのトランクの4分の1ほどに日本の食料を詰め込みます。レトルトご飯やアルファ米、みそ、乾燥野菜や麩(ふ)などを持参するんです。特にみそは必需品で、私は欧州で毎日みそ汁を飲みます。
スイスはとても物価が高くて、レストランで普通に食事をしても6000円くらい、安い所でも3000円くらいかかります。外食を控えるため、キッチン付きのアパートに滞在するようにしています。
朝はシンプルにパンとチーズと牛乳。チーズの代わりにソーセージかサラミかハムを食べる日もあります。そういう朝食をとってから、お弁当を持って出かけるんです。
私が行く所はスイスの中でも標高が高い村がほとんど。ヨーデルフェストはそういう場所で開かれることが多いので。空気はすごくきれいだし、心が洗われますね。
でも小さな村なので、スーパーも夕方6時になると閉まってしまいます。ちょっと忙しく動くと食事を取りそびれてしまうので、2食分を持参して出かけることにしています。
日本と違って自販機が少なく飲み物がホイホイと買えるわけではないので、冷めにくい水筒にハーブティーかミントティーを入れます。1食目はだいたいパンとチーズ。もう1食は、ライスかパスタ。ライスの場合は卵を加えて炒めて、トマト系の味付けにしたピラフですね。
スイスはとにかく乳製品がおいしいんですよ。牛乳、ヨーグルト、そしてチーズ。チーズは温めてラクレットにしたりフォンデュで食べる日もありますけど、私はそのままパンと一緒に食べるのが好きです。パンは黒パンが多いですね。ライ麦だったり、小麦でも全粒粉だったり。ちょっとザクっとした食感がします。
小さな山あいの村に、それぞれチーズ屋さんがあるんですよね。ある村に行った時、かわいい猫がいて、後ろを振り向きつつ歩いて行くんです。まるで「僕の後についてきて」といった感じで。それで追いかけてみたら、チーズ屋さんに入っていきました。スイス版招き猫ですね。
スイスには岩盤で肥えてない土地が多く、なかなか麦を育てられません。そのためジャガイモを育てるんですが、それもできない土地もあって、その場所には草を生やして牛を飼ったという歴史があります。
貧困だった時代があるから、今でも食べ物は決して無駄にしません。ソースやドレッシングが皿に残ると「パン、いる?」と聞かれるんですよ。つまり、パンに付けてソースやドレッシングを残さずに食べなさい、という意味です。これが食に関するスイスの文化なんですね。
(聞き手・菊地武顕)