交流サイト(SNS)で牛の写真を投稿する際は、必ず耳標の個体識別番号を隠して──。北海道大学大学院生の楢原さくらさん(23)は農業高校在学時、そう指導されたが「耳標番号は一般に公開されているのに」と長年疑問に感じてきたという。相談を受けた本紙「農家の特報班」が理由を探った。
耳標は、2003年施行の牛トレーサビリティ法で全ての牛に装着が義務付けられた。記載された個体識別番号を調べると、生産履歴を確認できる。
牛トレサ法を担当する農水省の畜水産安全管理課によると、同省が個体識別番号を隠して撮影するよう求めた事実はなく、生産現場で自然に生まれた「マナー」という。
過去の所有者 気遣う場合も
実際、農家はどう思っているか。西日本のある畜産農家は、飼養している牛の情報を不特定多数に見られるのは漠然とした不安があるという。「出荷して生産者として手元に結果が得られるまでは気が抜けない。どうしても神経質になってしまう」と口にする。
肉用牛経営は、母牛から子牛を増やす繁殖経営と、その子牛を購入して枝肉として出荷するまで育成する肥育経営に分かれる。生産履歴は過去の所有者の名前も表示されるため、農水省は「自分は良いが、『過去の所有者が不快に思うかもしれない』という気遣いから、番号を写さないよう求めることもある」(同課)とする。
牛の個体識別情報検索サービスで閲覧できる生産履歴には、個人名や施設の所在する市町村も表示される。番号が分かれば誰でも閲覧できるため、SNSなどで番号がはっきり写っていると、不特定多数に情報を知られる可能性もある。
載せるときは「一言かける」
同省によると、これまで耳標で個人情報保護法違反などに問われたケースはなく、トラブルになる可能性は低いとみているが、「それでも気にする人がいたら配慮してほしい」(同課)と促す。
牛の個体識別情報検索サービスでも、生産履歴を確かめる目的以外に、「他人の財産やプライバシーを侵害する行為を行わないこと」を順守義務に設定している。
楢原さんに一連の取材結果を伝えた。楢原さんは「写真を撮ったり、載せたりする際は、農家さんに一言お伝えすることが大事ですね」と気遣いの大切さを実感していた。