トキは水田で餌を採り、里山林に営巣する身近な鳥だった。いつも隣にいた存在だからこそ、共に生きる意義を教えてくれる。
佐渡の稲作農家は農薬や化学肥料の使用を減らし、トキの餌場をつくる「生きものを育む農法」を実践する。この米を食べる意義はどこにあるのか。単に水田を米生産の場とし、消費者の「安全・安心」を追求するだけなら、安い有機米を輸入すればいいことになる。
トキは田んぼがなくては生きられない。トキと田んぼと農家はいわば運命共同体だ。そして、米を食べる人ともつながっている。この当然でありながら、忘れられがちなことをトキは語りかけている。
農地が荒れ、農家が減り、米が足りない。戦後最大の国難といってもいい。こんな時こそ、食と農の絆を見直し、再生せねばならない。そのためには生きものが持つ不思議な力を借りる必要がある。
筆者は佐渡で暮らしながら各地で田んぼの生きもの調査を広げる運動をしている。本連載の私の担当回では佐渡の農の現場の今を伝え、持続可能な農業の本質について考えていきたい。

はっとり・けんじ 1975年生まれ、奈良県出身。北海道大学大学院で生態学を修了後、北海道と新潟県の普及指導員として稲作の技術指導に従事。現在は田んぼの生きもの調査の講師として活動。