農 政
東京大学大学院教授・鈴木宣弘氏
食料安全保障の確立 赤字補填の実現急務
米は、1俵(60キロ)の生産費が1万5000円なのに、米価は1万2000円前後。少なくとも3000円の赤字が生じ、耕作放棄地が激増している。酪農家は生乳を1キロ搾るために30円赤字、乳価も上がったが、まだ少なくとも10円以上の赤字で、ローンが返せずに廃業が加速している。
日本では農業所得の30%程度が補助金だが、スイスやフランスでは所得の90~100%が補助金だ。命を守り、環境を守り、地域コミュニティーを守り、国土・国境も守っている産業は公益事業であり、国民がみんなで支えるのは欧米では常識。それがおかしいことかのように思わされている日本こそが非常識と言ってもよい。
農家に必要な額と売値との差は、少なくとも、米で1俵3000円、酪農で1キロ10円。国が補填(ほてん)したら、米で3500億円、酪農で750億円かかる。そんな金があるわけないと財政当局に言われておしまいにしてはいけない。武器を買うのに何十兆円もかけるなら、命を守る食料こそ、安全保障の一丁目一番地。3500億円、750億円をかけることの妥当性は理解されるべきである。
このような標準的な販売価格が、標準的な生産コストを下回った時の補填は米国型の不足払い制度に近い。今年こそ、早急に実現しないと現場が持たない。
農 村
農業ジャーナリスト・小谷あゆみ氏
ローカルな自給圏構築 農村強化が国を救う
「わが家の自給、地域の自給、国の自給」を50年前から唱えていたのは、山形県高畠町で有機運動をけん引された農民・詩人で、昨年亡くなられた星寛治さんであった。「大きくすると相手の存在が遠くなり、内容が薄まってしまう」として、わが家と地域の自給によるコミュニティーや絆を優先した。市場も政治も、大きくなると声が届かなくなる。小さな絆をしなやかに結ぶ方が実は強い。地域が自給力を付けて初めて国の自給は成立する。つまり、農村の強化が先なのだ。
中央への依存リスクが増大している今、「地産地消ではもうからない」という古い体質は変えなくてはならない。売り上げは小さくても、外部コストを抑えれば手元に利益は残る。有利なのは小規模農家だ。その好事例が、学校給食を核とした地産地消である。
全国約2万の小学校区をローカルな自給圏にして、多様な住民が協力すれば、コストもロスも削減できる。子や孫に食べてもらう喜びは、農家にやる気をもたらす。大人たちみんなが当事者となれば、環境との共生も進む。教育を通して未来への希望も生まれ、地域全体が活気づく。国が農村を助けるのではない。農村が自給力を持てば、国を助けてくれるのである。
経 済
京都大学大学院准教授・柴山桂太氏
世界の景気先行きに暗雲 国内生産の体制強く
そのため、次の景気後退は言われるほど深刻なものにならないという楽観論も出てきたが、本当だろうか。米国や欧州の利上げは、資金の流れを明らかに悪くしている。デフレ危機に見舞われる中国は、バブル崩壊後の日本とよく似た経路をたどっている。堅調そうな世界経済も、一歩踏み込んで見れば、次の危機の風船を巨大に膨らませているのであって、今は嵐の前の静けさが続いているだけ、と考えた方がよい。
地政学的な危機も続いている。昨年末も、スエズ運河周辺で貨物船への襲撃があり、物流が止まるという事件が起きた。ウクライナ、中東と戦争の範囲が拡大するなど、国際社会の治安は悪化の一途をたどっている。国際的な供給網を混乱させる事件は、引き続き起きるだろう。海外の安価な原材料や中間財を前提とした経済運営は、大幅な戦略の見直しを迫られることになる。
日本は農業、製造業ともに、国内の生産体制を強化していく他ない。そのためには国内の物流コストを引き下げるための公共投資が不可欠となる。男女の賃金格差の是正や、若者支援など、人手不足解消に向けた取り組みも待ったなしの状況にある。
社 会
農林中金総研客員研究員・行友弥氏
「24年問題」待ったなし 人材確保へ対策必須
運送・建設分野には長時間労働に加え、「低賃金と高齢化」という問題もある。厚生労働省によると、22年にタクシー運転手の平均給与は月額29万4100円で全産業平均より4万6000円低く、平均年齢は58・3歳と14・6歳高い。バス・トラックの運転手も同様だ。
低賃金・重労働の現場を若者が敬遠し、結果的に人手不足と高齢化が進むという悪循環に陥っている。
24年問題とは別だが、もっと厳しいのは高齢者介護だ。訪問ヘルパーの有効求人倍率は22年度に15・53倍に上り、働き手の4割を60歳以上が占める。厚労省が掲げる「地域包括ケア」(介護の受け皿を施設から在宅へ移す)の理念は空転し、団塊の世代(1947~49年生まれ)全員が75歳以上の後期高齢者になる2025年を前に暗雲が漂う。
医療・介護・運輸・建設--いずれも国民生活と経済を支える重要な社会基盤である。その担い手が報われない国に未来はない。減税をする余裕があるなら、待遇改善など人材確保へ向けた抜本的な対策を急ぐべきだ。
国 際
特別編集委員・山田優
魅力的な価値づくり 消費者の意識起点に
コメディアンの谷啓さんが歌う軽やかなメロディーが、白黒テレビやラジオに乗って流れたのは60年ほど前。見劣りする日本人の体格を改善するには、もっとたんぱく質の摂取が必要だと訴えていた。
実は近年、欧州各地でたんぱく質をもっと作ろうという動きが広がっている。ミルクや食肉が豊富な欧州でなぜ?と思うが、欧州は畜産物の餌となる大豆やミールの多くを、南米などからの輸入に依存してきた。飼料用大豆の自給率は5%に満たない。
きっかけは2017年に欧州14カ国の農相が署名した欧州大豆宣言だ。熱帯林を焼き払って栽培した大豆に頼るのではなく、欧州域内でたんぱく質を多く含む大豆などの作物を増産していこうという趣旨だ。欧州議会もたんぱく質の自給政策を追認。最近訪れたデンマークやアイルランド、フランスなどで取り組みが始まっていた。
低い自給率と国内増産努力と聞けば、「日本と同じではないか」という声も聞こえてきそうだ。だが、日本と異なるのは欧州の消費者あるいは市民がこれらの転換に深く関わっている点だ。
「アニマルウェルフェア(快適性に配慮した家畜の飼養管理)や地球環境に悪影響を与える食品は食べたくない」という消費者の存在が、たんぱく質の海外依存を見直す原動力になった。
単に「国産を食べて」とお願いするだけでは不十分。欧州のように農産物の魅力的な価値作りに足を踏み出していきたい。