伝統的酒造りは、カビの一種であるこうじ菌を使い、米などの原料を発酵させる日本古来の技術。複数の発酵を同じ容器の中で同時に進める世界でも珍しい製法で、各地の風土や気候の知識などとも結び付けながら、杜氏(とうじ)や蔵人らが手作業によって築き上げてきた。
代々受け継がれた技術で造られる酒には、日本酒や本格焼酎、泡盛の他、もち米と焼酎を使って甘味を引き出す本みりん、もろみに木灰を加えて保存性を高めた灰持(あくもち)酒などがある。
勧告は、伝統的酒造りの知識と技術が「個人、地域、国の三つのレベルで伝承されている」と評価。祭事や婚礼など、日本の社会文化的行事に酒は不可欠であり、地域の結束にも貢献しているとした。
国内の無形文化遺産は「和食」や、22年に登録された豊作祈願や厄払いの踊り「風流踊」など22件ある。政府が伝統的酒造りに次いで登録を目指す「書道」は、26年秋ごろ審査される見通し。
国連教育科学文化機関(ユネスコ)の評価機関が日本の「伝統的酒造り」について、無形文化遺産の登録を勧告したと文化庁が発表した5日、日本酒原料となる酒造好適米や焼酎を造るためのサツマイモの生産者、業界関係者らは需要拡大への期待に包まれた。
原料産地にも目を向けて 兵庫・栃木
酒造好適米「山田錦」の国内生産6割を占める兵庫県。加東市の1・5ヘクタールで「山田錦」を栽培する、平川嘉一郎さん(65)は登録勧告の報に「『山田錦』の日本酒がワインと世界で肩を並べる日が来るのが楽しみ」と胸を弾ませる。
平川さんは「山田錦」の栽培が盛んな兵庫県北播磨地域で、ツアー客らに「山田錦」の「語り部」としても活動する。同市は栽培に適した地区の一つで、全国の酒蔵からの指名買いも多いという。
日本酒は、仕込み方や地域の気候や風土などによって味わいが異なる。ワインでは「テロワール(土地特有の土壌、気候、地形など)」として言葉が定着している。平川さんは、「ワインのように原料の環境に消費者が目を向けるきっかけになれば」と語る。
13年の歳月をかけて、2018年に大吟醸に向く酒造好適米の新品種「夢ささら」を開発した栃木県。県によると、22年度の県産日本酒の輸出実績は前年度比1・3倍と伸びている。
大田原市のJAなすの酒造好適米研究会は12戸の生産者が「夢ささら」「五百万石」「ひとごこち」を栽培する。同研究会会長の高瀬隆至さん(58)は「蔵元から夢ささらが欲しいと言われることが増えた。良品質な酒米で造ったおいしい酒を消費者に喜んでもらいたい」と語った。
焼酎ブーム盛り上がれ 鹿児島・宮崎
2023年産のサツマイモの作付面積と収穫量が、全国最大の鹿児島県。焼酎の原料用生産が盛んなJAそお鹿児島では、無形文化遺産に登録の見通しを受け「焼酎は一時のブームが下火になってきた。登録をきっかけに再び盛り上がってほしい」(営農指導課)と期待を寄せる。
管内では「コガネセンガン」を多く栽培。農水省によると同県では同年産の約55%を焼酎用に仕向けた。隣県の宮崎県と合計で、国内で生産する焼酎用サツマイモの99%となる。
JAみやざき都城地区本部の焼酎原料甘藷(かんしょ)部会で部会長を務める米満洋一さん(51)は「コガネセンガン」「みちしずく」を計14ヘクタールで栽培。無形文化遺産登録の見通しに「農家として作っていて良かったと思える」と歓迎する。「今年はサツマイモ基腐病や軟腐病が多く課題がある。ただ、焼酎が売れれば農家も生産が拡大できる」と話す。
技術と文化の継承確実に 酒造業界
酒造業界からは日本酒や焼酎などの消費拡大へ期待の声が上がる。日本酒造組合中央会は「(日本の酒にまつわる)技術と文化をしっかりと継承し、魅力を内外に広めたい」とコメントを出した。
近年、日本酒や焼酎の国内消費量は減少傾向にある。無形文化遺産登録は消費拡大の起爆剤になると展望。12月に登録となった場合、同中央会は日本酒などのPRイベントを企画する予定だ。
日本酒の輸出拡大に向けて、全日本コメ・コメ関連食品輸出促進協議会(全米輸)は「(登録となれば)輸出の訴求ポイントになる」と歓迎した。