[論説]備蓄放出と米価安定 政府の信頼回復が急務
21万トンの数量について、江藤拓農相は「流通が滞っている状況をなんとしても改善したいという強い決意の数字だというふうに受け止めていただきたい」と述べた。放出量が少なければ、消費者から価格が下がらないと批判を受けかねないためだ。一方、放出量が多ければ、農家から米価下げを誘導するのかと不満が出る。生消共に納得してもらうため、「消えた21万トン」を根拠に放出量を決定したとみられる。
備蓄米放出の決定を受け、大阪・堂島取引所が運営する米の指数先物取引件数は拡大傾向にある。投機目的で米を買い占めていた業者が売りを急いだとみられる。だが、これで米需給が安定に向かうかは不透明だ。米価は昨年6月以降上昇し、同省は繰り返し、「新米が出回れば米の供給は足りる」と説明してきた。それでも米価が一貫して上がり続けたのは、「供給量は足りる」という政府の説明や需給見通しが、消費者や流通業者からも信頼されなかったことが原因だ。
同省が示す米の需給見通しは、農家が作付面積や生産量を決める土台となる。肝心の需給見通しに対する信頼がなくなれば、農家は何を基準に作付けを進めればいいのか分からなくなる。今の逼迫(ひっぱく)を踏まえて米の大増産にかじを切り、結果として過剰供給となれば米価は再び下落し、農業経営は大きな打撃を受けることになる。誰が一体、責任を取れるのか。
同省は2027年度から水田政策を見直す方針だが、需給見通しが農家からも消費者からも流通業者からも信頼を失った状況では、米価は不安定化し、水田政策の見直しも宙に浮きかねない。まずは需給見通しへの信頼を早急に回復することが不可欠だ。
同省は小規模事業者なども対象にした米の流通実態調査で事態の改善に乗り出したが、これで逼迫の原因は究明できるのか、疑問が残る。政府は行政改革の一環で、農林統計職員の大幅な削減や調査の外部委託などを進めてきた。そうした結果、米の作況や収穫量の精度が落ちている恐れはないのか。統計の精度が落ちれば当然、需給見通しにも狂いが生じる。
信頼回復は容易ではない。有効な策を打てなければ、米の集荷競争は再燃し、需給の逼迫は収まらない。食料安全保障の確保は、主食の米を守ることから始まる。