岩手県久慈市の久慈市短角牛基幹牧場(エリート牧場)で、「山形村短角牛」の親子約100頭が牧草を食べていた。5月中旬に山上げ(放牧)された牛だ。
「あそこにいる!」。120ヘクタールもの広大な牧場。小高い山を上り下りし、日が傾き始めた頃、木陰に隠れた牛の群れをようやく見つけた。牧場を管理する、地域おこし協力隊の片岡凜太郎さん(21)が、汗を拭いながら安堵(あんど)の表情を浮かべた。1日2回、牛の頭数と健康状態を確認するのが日課だ。
秋になると牛は里に戻り、牛舎で育つ。短角牛約300頭を飼育する柿木敏由貴さん(51)は朝、牛舎での仕事を終え、干し草を取りに向かう。冬場の飼料を蓄えるためだ。同市山形町では、国産飼料だけで短角牛を飼育する。柿木さんは「地域の風土と資源を生かした育て方で、安全・安心で健康的なおいしさを消費者に届けたい」と話す。
同市で短角牛専門の食肉販売店「短角考房・北風土」を営む佐々木透さん(59)が、モモ肉の塊を素早くトリミングしていく。鮮度を守るためには、スピードが大事だという。
短角牛にほれ込む佐々木さんは、肉のおいしさや飼育方法を消費者に伝えるのにも熱心だ。「同じように育てても1頭ずつ味わいが違う。赤身の強い美味を味わってほしい」
夕方、牧場にやませと呼ばれる冷風が吹き込み、一体が霧に覆われた。酷暑を嫌う短角牛には絶好の環境だ。短い夏が終わると、山下げまで残りわずか。片岡さんは牛を見つめながら「もう少しで寒くて厳しい冬がやってくる」と話す。
(山田凌)