「うおお、悪い子はいねがあ」「悪いワラスは山に連れてぐぞう」。外から窓や戸をたたく音がすると、野太い怒鳴り声が響く。
子どもにとって最恐の神様「なもみ」は、大きな牙と角が生え、包丁やこん棒を片手に子どもを捕まえる。捕らわれた子は、「宿題ちゃんとしたか」「歯磨きは」「野菜は食べてるか」と大声で問い詰められ、二つ返事で約束する。いい子にすると誓うと、なもみは握手してようやく去っていく。

「なもみ」は、岩手県北部の沿岸に伝わる来訪神行事。寒いからと、いろりにあたって怠ける子にできたやけど痕“なもみ”を包丁ではぎとりに来る「なもみはぎ」が由来。訪れた家には、悪霊退散や家内安全、五穀豊穣(ほうじょう)などをもたらす。
発祥の時期は不明だが、野田村では1980年ごろ、有志が廃れつつある伝統行事をなんとか続けようと、「なもみ保存会」を発足。現在は村役場の職員約20人が引き継いでいる。
村は2011年、東日本大震災の津波で37人が犠牲になり、当時3分の1に当たる515棟の住宅が被災した。海岸から約850メートルの役場にも津波が届き、なもみの面や衣装が全て流された。しかし、ボランティアの支援や「なまはげ」の秋田県男鹿市から面や衣装の寄付を受け、途切れることなく行事を継続させてきた。

今年は9体の「なもみ」が16件を回った。3度目のなもみを終えた役場職員の黒澤悠真さん(24)は「将来を担う子どもたちがたくましく育ってくれるように、熱意を込めてやり切った」と真剣なまなざしで語る。事務局を務める古舘良太さん(35)は「住民どうしの身近な付き合いや、信頼し合っている証し。伝統行事として続けたい」と、力を込める。
(鴻田寛之)

