ーーまずは食と農を巡る現状と今後についてお考えをお願いします。
佐藤崇史委員 昨年度、JA全青協の会長として、ほぼ全ての県に行きました。ほとんどの人が価格転嫁の話をします。それと食料自給率の話です。ただ、カロリーベースの自給率をなぜ上げなければならないのか。明確に理解している人は意外に少ない。そこが「もやっ」としたままでは、解決策まで「もやっ」としてしまいます。
青年部活動では知識のことを“武器”と言いますが、武器をたくさん持った若手農家が現場で、生産だけでなく情報発信や子どもたちへの教育、地域インフラの維持などの課題に取り組む。農家の数は減ったとしても、そうした一人一人のパフォーマンスを上げていくことが重要になると思います。そしてそれらが全部つながるような関係性の構築が一番の目指すところかと思っています。
原田英男委員 食への関心が高まっています。ドラッグストアがスーパーのように食品を売っていたり、いろいろな業界が入ってきています。しかし、食が栄えて、農は栄えているのかといえば、そうではありません。そこをどう結びつけていけるかが問われていると思います。
個人の発信力が農家でも、すごく高まってきていますが、「良い物だから買ってくれ」というだけでは響きません。日々のこと、家族のこと、その人の個性がみえるような情報を絶えず発信していく。すると、信頼性が高くなります。人は人間から入っていく。「この人が作った物なら食べてみよう」と。生産者にはそういう情報発信の仕方も、身に付けてほしいと思います。
戸井和久委員 JA全農の営業開発部という部署で、量販店や食品メーカーも間に入りますが、生産者と生活者を結びつけるマッチング業務を中心に行っています。最近は、自ら作った物がどこで売られ、誰が買っているのかを知りたいという、生産者からの声がものすごく多くなってきています。
これに対して、流通・小売りのサイドでも、大きな変化が起きています。これまで農業に携わってこなかった人たちからの関心も高まっています。まだ「安いの、高いの」の世界で動いている人もいますが、20年先、30年先の農業のことを考えて、持続的なシステムを確立していこうという、志を持った量販店のトップは結構増えてきています。
姜明子委員 コロナ禍以降、健康的な生活を求めて、安全で体に良い食材を求めるニーズは最高潮に達していると思われます。EC(電子商取引)の普及により、生活者が農家さんと直接つながれるようになり、「どの農家さんを選んだらよいか」「どこで買ったらよいか」とのご相談を受けることも多くなりました。
異次元の情報量の多さで、本当に必要な情報をつかみ取ることが難しい時代です。そのような背景もあり、必然的にメディア側も生産者側との対話がここ数年、増えてきています。
ーーそうした中で、農業メディアに求められる役割とは何でしょうか。
佐藤委員 一番求めたいのは専門紙の強みをフルに生かした情報発信です。ポジティブな情報発信は一般メディアでもできますが、農業現場の歴史や今の取り組み、最新技術の研究や、どういう考え方の農政があるのかなどは無理でしょう。そうした本丸の部分は揺るがさないでほしい。その上で、せっかくデジタル化するのであれば、農業者の“図書館”であり、“辞書”としての機能を高めてほしい。
消費者に農業に興味を持ってもらうためには、農業者自らがもっと発信していかなければならない。その手助けだったり、一緒に発信する考え方があってもよいと思います。
原田委員 課題解決型の報道展開には異論はありませんが、起承転結でみたときに「転」を抜きにした解決報道では危うい。異なる意見や見方を入れた議論でなければ、内輪の議論で終わってしまいます。コスト転嫁の話もそうです。関係者が話し合うプラットフォームをつくったことは良いことですが、政策手法はたくさんあるにも関わらず、役所も農業組織も、同じ路線で同じ話ばかりしている印象を受けます。十分な価格転嫁ができればよいですが、できなかった場合のセーフティーネットはどうするのでしょうか。現場の農家の感覚とのずれを生まないためにも、「違う道もあるのではないか」という視点の記事にも期待をしています。
戸井委員 課題の価格転嫁では、農畜産物は微妙な世界です。例えば牛乳などは、集客というディスカウント要因があるため、売価が上げにくく、スーパーにとっても儲かる商品ではありません。しかし全農が共同事業として進めている原価や製法、ストーリーなどを決めて売価を設定する取り組みを支持する企業も、大勢ではありませんが、広がってきています。そうした流通現場の動きをきちっと伝えてほしい。これからの時代はますますコミュニケーション能力が重要になってきます。農業関係者も浅くてよいので、広い専門性を身に付けて、相手と話せるようになると、世界が広がります。専門性を保って、一歩先の情報をもらえるとありがたい。
姜委員 生産者側の「所得の低さ」「農業従事者の高齢化」「次世代の担い手不足」、仕入れ・販売者側の「長時間労働」「分業によるやりがいの感じづらさ」、生活者側の「旬の感じにくさ」「料理ができない多忙さ」「心身の不健康」など。各方面の課題を丁寧に取材し、そして三方に伝えていくことが農業メディアに求められている役割だと思います。
生産者側は生活者側でもあります。生活者は流布している多種多様な情報から、自分が納得できる「金の真実」を欲しています。三方がその真実を同時に理解した上で、課題を共に考えていくことが、食農インフラの構築に寄与できるのではないでしょうか。
誰もが自由に発信できるこの時代こそ、農業メディアが伝える「金の真実」はとても重要だと思います。
佐藤崇史(さとう・たかし)氏
JA全青協参与 1981年生まれ。岩手県奥州市で水稲・大豆を生産し、ブロイラー7万2000羽を飼養する。全国農協青年組織協議会(JA全青協)会長を経て、2023年から現職。
原田英男(はらだ・ひでお)氏
畜産環境整備機構副理事長 1956年東京都生まれ。元農水省畜産部長。豊富な職務経験や専門知識を生かして、畜産政策や地域振興、チーズやワインなどの情報をSNSで積極的に発信している。
戸井和久(とい・かずひさ)氏
JA全農チーフオフィサー 1978年イトーヨーカ堂入社。青果バイヤー、青果部長、販売本部長等を経て、2014年代表取締役社長兼最高執行責任者(COO)就任。16年に退任。17年から現職。
姜明子(かん・あきこ)氏
オレンジページ常務 1988年、株式会社オレンジページ設立と同時に入社。雑誌「オレンジページ」を起点にメディア展開を主導し、生活者が真に求める食や健康情報を発信し続けている。