「ホタテパウダーで農作物の残留農薬を除去できるという書き込みをSNS(交流サイト)で見て、残念な気持ちになった」。鳥取県の水稲農家の40代男性から、本紙「農家の特報班」にメッセージが届いた。真偽不明の情報で農薬や慣行栽培の農作物に嫌悪感が広がるのはよくないと思い、投稿したという。本当にそんな効果があるのか――。記者が検証した。
ツイッターでは、ホタテパウダーを溶かした水で農作物を洗った動画で、残留農薬の危険性を指摘する投稿が目立つ。漬け置き洗いした後の水が濁ったり、油膜のようなものが浮いたりする様子が撮影され、こうした水の変化が残留農薬を除去した証拠だという。
記者は、動画のような変化が起こるのか、実験してみることにした。アマゾンで商品レビューが300件超あったホタテパウダーを購入。水が変化した場合、農薬使用の有無が影響しているのかを調べるため、慣行栽培と有機JASの2種類のトマトを用意した。
実験には、農薬学の第一人者・千葉大学の本山直樹名誉教授に立ち会いと助言を依頼した。パウダーの説明書を読むと、野菜を5~10分ほど漬け置き、すすぎ洗いするという。所定の量を水に溶かしてガラス容器に入れ、トマトを投入。トマトの有無の影響を比べるため、トマトを入れない水溶液も用意した。
観察していると、慣行・有機ともに、1分ほどで容器の底の方から水溶液が薄い黄色に染まり始めた。記者の目には、色は有機の方が濃いように見える。
さらに数分たつと、水面に油膜のようなものが浮かんできた。これが残留農薬なら、膜は慣行の方にだけできるはずだ。しかし、有機の方にも同じように膜ができていた。
10分後にトマトを取り出すと、容器の底に「おり」のようなものがたまっていた。この現象もやはり、慣行・有機に共通していた。
記者は実験を3回繰り返したが、いずれも同様の反応が見られ、慣行・有機に大きな差は見られなかった。実験結果について本山名誉教授に聞くと、「農薬が落ちて生じた反応とは考えにくい」と即答した。
実験では、最初に水が黄色く染まり始めたが「農薬は無色の薬剤が多い。色として出てくる可能性は低い」と指摘。一部の薬剤は強アルカリ性への化学反応で黄色い分解物が生じることもあるが、今回は慣行・有機ともに黄色になったことなどから「果皮とへたの色素が混ざり、黄色になったのでは」とみる。
容器の底にたまった「おり」については、「ホタテの貝殻に含まれる不純物か、主成分の水酸化カルシウムが溶け残った可能性がある」とみる。トマトを入れずに10分間放置した水溶液にも「おり」が見られたためだ。
農水省によると、2021年度の農薬の残留状況調査で基準を超えたのは、2650検体のうち1検体だけだ。基準値は「生涯にわたって毎日摂取し続けても健康への悪影響がない」範囲として定める。
ホタテパウダーの販売会社のホームページには「日本の野菜は世界で一番危険」など、不安を過剰にあおる言葉が目立つ。本山名誉教授は「農水省や厚生労働省、消費者庁などが効果を検証すべきだ」と提言する。
実験後、記者は投稿してくれた農家に結果を報告した。農薬の専門家が農薬を落とす効果に否定的だったことが「心強い」という。ホタテパウダーの効果を信じている人にも専門家からの意見は届きやすいとし、「正確な情報を積極的に発信してほしい」と求める。
実験に使ったパウダーを販売する東京都内の会社は、本紙の取材に対し、「担当者が不在で答えられない」などとしている。
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