「国は、農業生産活動における環境への負荷の低減を図るため、農業の自然循環機能の維持増進に配慮しつつ、農薬および肥料の適正な使用の確保、家畜排せつ物等の有効利用による地力の増進、環境への負荷の低減に資する技術を活用した生産方式の導入の促進その他必要な施策を講ずるものとする」(基本法改正案第32条第1項)
農水省は農業が自然環境に与える負荷の低減を目指す「みどりの食料システム戦略」で、2050年までに農薬使用量を半減することを主要目標に設定した。これに沿うように、食料・農業・農村基本法改正案でも環境負荷低減の促進を掲げ、国が「必要な施策を講ずる」とする。一方で産地は、温暖化など気候変動による病害虫の多発という課題に直面する。「最近は夏に夜温が下がらず、稲は弱るし虫も多い。これ以上農薬を減らせば被害が増えて赤字になる」。福岡県糸島市の水稲農家、井田磯和さん(61)が話す。早くから農薬低減を進める糸島稲作経営研究会会長も務める井田さんだが、23年産はカメムシの多発で、新たな薬剤散布を強いられる事態になった。
30年以上前から農薬の散布回数を県内平均よりも減らしてきた同研究会。高温耐性品種「にこまる」では、いもち病の多発に対応するため、同病に抵抗性を持つ「にこまるBL1号」への転換を22年から進める。井田さんも全て「BL1号」に転換済みだが、さらなる課題が浮上。斑点米や不稔(ふねん)の被害をもたらすイネカメムシだ。
同害虫は21年ごろから地域に侵入し、昨年産で多発。出穂前に追加の薬剤散布を強いられた。今年も暖冬で越冬数の増加が懸念され、防除は必要になるという。稲の汁を吸って枯らすトビイロウンカの発生も多く、井田さんは「抵抗性を持つ品種の開発を急いでほしい」と訴える。
取り組み成果可視化 生産・消費両面で後押しを
施設園芸でも、農水省のみどり戦略に呼応し、農薬低減の動きが進む。2022年に立ち上がった愛知県のJA豊橋茄子(なす)部会みどり戦略協議会は、化学農薬の使用回数は慣行の5割以下に抑える。会員23戸、栽培面積5・2ヘクタールの協議会を束ねる会長の中村敏秀さん(52)は「生産、消費の両面で後押しが必要だ」という。
協議会では、害虫のアザミウマ類やコナジラミ類の駆除に、土着天敵のタバコカスミカメを活用し、化学農薬を減らす。この取り組みの基盤が、会員が共同で運用する、タバコカスミカメを増殖・温存する7アールのハウスだ。取り組み拡大にはこうした施設整備が重要だとして、「産地一体の取り組みへの政策的な支援を強めてほしい」(中村さん)という。
協議会会員の一部は、同省が推進する、環境負荷低減の成果を「見える化」する仕組みにも取り組む。農薬削減をはじめとする取り組みの度合いを星の数で評価し、農産物の販売時にラベルに示すものだ。基本法改正案でも、国が環境負荷低減に配慮した農産物の消費拡大に向けた施策を講じるとしており、それを先行して具体化した格好だ。
中村さんは「生産者を後押しするには、自然環境に配慮した取り組みを評価する流れを、消費側にもいかに広げるかが今後、重要になる」と訴える。