
記者が万博関連の情報を探す中で見つけたのは、8人のプロデューサーがそれぞれ展示内容を企画する「シグネチャーパビリオン」。「いのち輝く未来社会をデザインする」がテーマだという。
「誰かしら食や農業に着目するのではないか」と公開されている情報をチェックしていくと、放送作家の小山薫堂氏による「EARTH MART(アースマート)」が目に付いた。資料には「空想のスーパーマーケット」の文字。「ここなら食や農業に関連するかもしれない」と小山氏に取材を申し込み、コンタクトを取ることができた。

オンラインで対面した小山氏は「食を通じて命を考える」と展示の趣旨を切り出した。柱の一つに「栄養価や伝統など世界に共有したい日本の食の知恵・技術」を挙げた。
具体的に何をするのか尋ねると、小山氏は「産地直送の青梅をパビリオンの中で塩漬けにする」と明かした。
世界の最新技術が並ぶ万博会場の一画に、梅を漬けたたるが並ぶ--。想像もしなかった話が飛び出した。
梅を提供するのは国内屈指の梅産地、和歌山県の「紀州梅の会」だという。さらに詳しく取材した。

パビリオン館内の展示の一つに漬けだるを並べる予定。来場者に引換券を渡し、万博閉幕から数十年後に、和歌山県で食べるイベントを開く構想もある。
「世界に共有したい日本の食材、食の知恵・技術」として小山氏らが選んだのは米粉や餅、豆乳など25品目。その中には梅干しもある。「自然の力で長期保存を可能にする梅干しなど、日本の食文化は、世界に広がり始めた持続可能な開発目標(SDGs)にも貢献できる」と小山氏は確信する。
JA紀州とJA紀南、地元農家、6市町などでつくる「紀州梅の会」は、梅のPRなどを担う組織。事務局の田辺市によると、万博向けに約1トンを出荷するという。
市は「来年4月の万博開幕後、梅の収穫時期に合わせて会場内に運び入れ、たるで塩漬けにする」(梅振興室)と説明。具体的な内容が固まりつつあった。塩漬けができたら産地で引き取り、天日干しにして梅干しを完成させるという。

「世界規模の万博でPRできるのは、産地にとって大きなチャンス」と那須さんは胸を高鳴らせる。ひょう害や不作に苦しむ産地にとって「吉報だ」と受け止める。今春、市から話があり「二つ返事で申し出を受けた」と振り返る。
万博閉幕から数十年後、産地で保管していたたるから梅干しを取り出し、来場者らと食べるというタイムカプセルのような小山氏の構想に、那須さんは「申し込んだ本人の思い出にもなるし、子や孫に『万博の時の梅干しだよ』とプレゼントするのも夢がある」と期待を膨らませる。
「会場には最高の梅を届ける。伝統的な製法で作った紀州の梅干しを後世につなぐ一助になってほしい」と願う。
「EARTH MART」企画 小山薫堂氏

展示会場はスーパーマーケットを模した形にする。食品を数多く扱い、多くの人の生活の一部になっている半面、生き物の姿が見えにくく、命の犠牲を感じにくいのが今のスーパー。あえて、そういう場所で「命の消費量」を見せることで、食やその根源にある命の重みを意識するきっかけを作る。
具体的には、日本人が約80年の人生の中で消費する食べ物の量を試算し、その規模が分かるよう模型を展示して可視化する。
例えば、鶏卵だと約80年間で2万8000個食べる。同じ数の鶏卵のモニュメントを作り、それらを全て天井からつり下げる。
価格や色などの見た目を基準に食べ物を選ぶ人が多い中、日常生活に戻っても「命を感じながら食べる」という意識を来場者が持ち続けるよう促したい。
こやま・くんどう 1964年熊本県生まれ。「料理の鉄人」など食をテーマにしたテレビ番組を数多く企画。映画「おくりびと」で第32回日本アカデミー賞最優秀脚本賞などを受賞。
(島津爽穂)