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選挙区の定数が減ったのは宮城、福島、新潟、滋賀、和歌山、岡山、広島、山口、愛媛、長崎の計10県。それぞれ一つずつ減った。一方、定数が増えたのは埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知の5都県。東京は五つ、神奈川は二つ、それ以外は一つずつ増えた。

特報班は、これら「10増10減」の対象15都県に、農業に携わる人がどれだけいるか調査。個人経営の基幹的農業従事者や法人などの役員、構成員、常雇いの人数を示す「農業労働力」を、2023年時点と前回衆院選の21年時で比べてみた。
同じ人数だった岡山、増加していた神奈川を除き、13都県で農業労働力は減少していた。ただ、数が最も少なく、減少率も最大だったのは、定数減の滋賀だった。23年時点で1万2000人で、最多の千葉の2割程度にとどまる。滋賀同様に議席が減る愛媛も減少率は高く、滋賀に次ぐ13・2%に上った。
定数が減った地域の農家はどう受け止めているのか。特報班は現地に飛び、さらに取材を進めると、戸惑いの声が聞こえてきた。
特報班が向かったのは、滋賀県野洲市。区割り変更に伴い、同市が入っている滋賀3区は、これまでの4市から6市に拡大した。
同市で水稲と麦、大豆を計42ヘクタール生産する農事組合法人せせらぎの郷を訪ねると、男性2人が水田の草刈りの準備を進めていた。
「せーの」。2人が息を合わせ、草刈機を軽トラックに積み込む。「もう年やから。力のいる作業はしんどいわ」と本音が漏れる。

そんな中で迎える衆院選。区割り変更によって、人口は同市の5・6万人を上回る8・9万人で、製造業も盛んな甲賀市などが選挙区に加わる。冨田さんは「選挙区が広くなっても、国会議員が増えるわけではない。自分たちが置かれている農業の厳しい状況は、政治の現場に届くだろうか」と懸念を募らせる。
農業経営の最大の課題に、生産コストの上昇を挙げる。「ここ2、3年で農機の燃料費は3割、肥料代は6割上がった」と冨田さん。「米の概算金は上がったが、それ以上に経費は膨らむばかり」と打ち明ける。

人手不足も深刻だ。作業に携わる組合員は16戸。2018年の設立当時と比べて6戸減り、1戸当たりの担当面積が増えている。
組合員のほとんどが70歳を超える。法人理事の東智史さん(75)は「引退したいという声もある。なんとかお願いして続けてもらっている状況」という。
今回の選挙は立候補者の姿勢に注目する。「広い選挙区であっても、地域の課題を吸い上げる姿勢を持っているかを見極めたい」と冨田さんは話す。
法人だけでなく、若手農家も区割り変更に不安を抱える。特報班は、滋賀と同様に新たな区割りとなった愛媛に飛んだ。
「今度の選挙で当選する議員は、資材価格の高騰対策に力を注いでくれるだろうか」。特報班の取材に、そんな不安を口したのは愛媛県東温市の就農4年目の若手かんきつ農家、西村直人さん(32)だ。
西村さんは中晩かんを中心に、かんきつ1ヘクタールを栽培。中晩かん「愛媛果試第28号(紅まどんな)」の雨よけ栽培を手がける。

品質を上げ、高単価を狙うため、他の中晩かんにも雨よけ栽培を取り入れたい考え。だが費用がネックになっている。現在の雨よけ施設の建設にかかった費用は700万円程度。ただ、新たに建てようと計画する施設は1000万円を超えるという。
「選挙区の区割りが変わっても、中晩かんの振興を支援してほしい」。西村さんがそう望むのには理由がある。これまでの選挙区は県中部の6市町で構成されていた。区割り変更に伴い、同市が新たに入った愛媛3区は、県南部を含む14市町で構成されている。
県南部は温州ミカンの露地栽培が盛んなだけに「中晩かんの課題にも、しっかり目を向け、対応してくれる立候補者を見極めたい」と西村さんは話す。

議会制度に詳しい政策研究大学院大学の増山幹高教授の話

今回の衆院選から導入された小選挙区の「10増10減」など、新たな区割りは、2021年衆院選の「1票の格差」がほぼ2倍だったことを合憲とした最高裁判断に基づいている。ただ、「1票の格差」是正に向けて、区割りを変更して平等感を確保しても、今度は都市部と比べて人口の少ない地方の議席は減る。
地方の基幹産業である第1次産業は、国民への食料供給や国土保全、水源かん養などに欠かせず、国力の形成に直結している。ここが衰退すれば国民に実害が出かねない。現行の区割りによって国会議員の議席が減った地域は、第1次産業に関わる人の声が国政に届きにくくなる恐れがある。そこまでして、最高裁判断の「ほぼ2倍」に収めることに固執する必要があるかどうか。検討の余地はあるだろう。
国や国会は、衆院の選挙区割りの在り方に加え、参院が地域の代表として立法などにより強く関われるようにする仕組みなどを考えていく必要がある。
国会議員が広い選挙区の中で、各地の有権者の意見を吸い上げていくには、複数の事務所を開設するなどの体制を整えることが欠かせない。そのために資金が必要になる。
政治とカネ問題は今回の選挙の争点の一つとなっているが、区割りが変更され、選挙区が大きくなっているという面からも、国会議員がルールに従って資金を使い、その用途を明示していく仕組み作りが求められる。
(金子祥也、高内杏奈、柘植昌行)
<ことば>1票の格差 選挙区の議員1人当たりの有権者数の差を指す。人口の多い地域の議席を増やす半面、少ない地域を減らし、有権者数の差を是正する。今回の衆院選は、2022年の公職選挙法改正後、初の国政選挙。選挙区は「10増10減」を含め、25都道府県140選挙区で区割りが変わる。