[論説]熊被害と国民理解 農村の危機共有しよう
秋田県によると、同県美郷町で10月上旬、3頭の熊が作業小屋に侵入後、駆除された。このニュースが新聞やテレビなどで報じられて以降、約1週間は、県自然保護課の5台ある電話が常に鳴りっ放しだったという。苦情の内容は「熊を殺さないでほしい」といった声がほとんどで、「電話が殺到して通常業務はできなかった。中には熊とは関係のない公務員批判のような電話もあった」と県担当者。職員は苦情対応に忙殺され、熊の被害に苦しむ現場との温度差が際立った。人命第一の視点に立って、理解を促すことが求められている。
環境省によると、4月からの熊による人身被害は180人(10月末時点)と、過去最悪を更新し続けている。この事態を受け同省は、捕獲事業をする都道府県を交付金で支援する「指定管理鳥獣」に熊を追加する検討を始めた。伊藤信太郎環境相は「専門家の意見を聞き、遅くならない時期に判断する」と述べたが、現場の人身被害を食い止めるために結論を急ぐべきだ。
同指定を受ければ、都道府県が定めた実施計画に対し、上限500万円、複数の都道府県が参加する連携捕獲協議会に対して上限1000万円などが交付され、夜間の猟銃使用も可能になる。
現場は切迫している。「交付金より、今は被害をどう食い止めるかが先決だ」。北海道標津町の南知床・ヒグマ情報センターの藤本靖主任分析官はこう指摘する。効果的な捕獲方法を探ろうと、2009年にヒグマに全地球衛星測位システム(GNSS)発信器を付け、行動調査を始めた。牛を襲うヒグマ、通称「OSO(オソ)18」も数年間追跡。調査に基づき、市街地に出没する「アーバンベア」対策として、住宅地周辺での猟銃の使用基準を明確化するよう求める。
里山が荒れ、熊などの被害に直面する農村は、常に命の危険にさらされている。危機は市街地まで及び、市民の命と暮らしを脅かす。政府や自治体は、人命被害が出ている現状とその原因を分析し、どんな対策が有効なのかを国民に丁寧に発信すべきだ。
保護か捕獲かの前に、農村の現状に対して正しい理解を促すことが必要だ。感情論では解決につながらない。農山村の荒廃が、鳥獣害を招くことになっている現実にも目を向けてほしい。