[論説]処理水放出から半年 販路拡大で産地支えよ
処理水放出の影響は甚大だ。農水省によると2023年12月の「農林水産物・食品」の中国向け輸出額は、前年同月比32・4%減の159億円。うち水産物は82・3%減の10億円と6カ月連続で大幅減が続く。中国は最大の輸出先だけに、産地にとって大きな痛手だ。政府は中国に対して安全性の根拠を示し、理解を得る努力を続けるべきだ。
特に影響を受けているのが、ホタテ主産地の北海道をはじめ、東北太平洋沿岸部の地域。漁獲した大半を中国に輸出していたナマコ漁への影響は深刻だ。宮城県東松島市宮戸地区で果樹栽培とナマコ漁をする林英雄さん(75)は「処理水の放出は、再び東日本大震災が起きたのと同じくらいの衝撃がある」と語る。
同地区のナマコは地元漁協を通じて中国に輸出していたが、禁輸措置の影響で買い手探しが難航。11月解禁となった漁は、1カ月の自粛を余儀なくされ、1キロ当たりの単価は昨年の約4割まで落ち込んだ。岩手県も同様だ。和牛繁殖を営む傍ら、中華料理の高級食材「吉浜鮑(きっぴんあわび)」を出荷する同県大船渡市三陸町吉浜地区の横石善則さん(75)も、「昨年と比べ単価は7割程度と回復しない」と漏らす。
懸念されるのは、処理水の放出が、価格の下落だけではなく、生産者の意欲を奪うことになっていないか、という点だ。政府は中国に依存しない販路の構築を含め、都会の消費者に向けた新しい食べ方の提案など、積極的に支援する必要がある。
地方の衰退を心配する声もある。東北沿岸部では農地が限られ、昔から「半農半漁」で生計を立ててきた。処理水放出で、なりわいが奪われることがあってはならない。奥松島果樹生産組合の尾形善久組合長は「漁業の収入が回復しなければ、生計は死活問題だ」と嘆く。
農山漁村に人が住まなくなれば、国防にも影響する。東京大学大学院の鈴木宣弘教授は、かつてかつお節工場などの事業を展開してきた尖閣諸島に人が住まなくなったことで、中国側が領有権を主張していることを挙げ、「このままでは沿岸部の過疎化を加速させるだけでなく、国防も苦しくなる」とみる。
処理水の放出は30年は続くとみられる。原発事故は終わっていない。国は現場の声に耳を傾けるべきだ。