愛知・東栄町に専用施設 年3トン超販売
捕獲した鹿の肉を、皮や骨付きのまま動物園のライオンやトラなどの肉食動物に与える「屠体(とたい)給餌」が注目されている。愛知県東栄町では住民6人が専用処理施設を新設し、くくりわなで捕らえた鹿を解体して全国の動物園に年3トン超を販売。動物園側も動物のストレス解消や集客につながると歓迎する。駆除された鳥獣の命を生かす取り組みは全国24の動物園・水族館に広がっている。
塩崎恵
<ことば> 屠体給餌
捕獲した動物を、毛や皮、骨が付いたまま野生本来の環境に近い状態で飼育動物に与える給餌方法。食肉用には食品衛生法の許可が義務付けられているが、屠体給餌用にはない。ただし、愛知県のように条例で動物処理場設置の許可を定めている自治体もある。
野生に近い行動 ライオンの体調改善
ボキボキー。雄のライオン「アース」が約5キロの毛や皮が付いた鹿の脚肉を、前脚で押さえ付け、2時間かけてたいらげた。愛知県豊橋市の動植物公園「のんほいパーク」は親子連れの来園者が多い日曜など毎週2回、ライオン4頭に屠体給餌する。
鹿の脚肉をくわえる「アース」(愛知県豊橋市で)
週5日間は1日1回、食用の輸入馬肉や鶏頭など6~8キロを与える。丸のみできるので食事時間は5~10分と短いが、屠体給餌は肉を引きちぎって骨をかみ砕くため、野生に近い行動が再現され、動物のストレス発散につながっているという。消化にも時間がかかることから、便が健康的な状態になった。
週2回の理由は、野生の場合は何日も食事にありつけない日があるためで、現在、消化力を研究しながら給餌回数を増やせないか探っている。
害獣からも調達 低温加熱で殺菌
鹿肉を供給するのは、東栄町の鳥獣肉処理会社「野生動物命のリレーPJ」だ。
のんほいパークは4年前、動物に心地よい環境をつくろうと、福岡県糸島市から鹿やイノシシの肉を調達し、屠体給餌を始めた。
ところが、地元の愛知県内でも獣害対策として鹿が駆除されていたことから、元町長で茶農家の尾林克時さん(73)に相談。園に鹿肉を提供するため21年5月、尾林さんが猟師ら計6人で同社を設立した。
解体した鹿肉を低温加熱殺菌する「野生動物命のリレーPJ」のスタッフ(愛知県東栄町で)
同社はくくりわなで鹿を捕獲したり、他の狩猟者が捕まえた鹿を1頭3000円で購入したりして調達。専用の解体場で洗浄後に内臓を除き、頭を切断。屠体給餌用の脚4本と、2分割した胴体を圧縮袋に入れ、63度で30分間の低温加熱殺菌や冷凍処理をしてダニなどを死滅させる。
成体1頭の体重は30~50キロで、内臓や頭を取り除くと20~30キロ。22年12月までに約200頭6トンを生産し、サンプルを含め3・5トンを販売した。現在、同園を含め静岡や広島などの6動物園に1カ月当たり平均250キロを届けている。
年125万頭捕獲 大半は廃棄処分
農水省によると、2021年度に捕獲された鹿とイノシシ125万頭のうち、自家消費を除きジビエとして食肉加工・流通したのは1割で、残りの大半は需要がないため廃棄処分されたという。
一方で屠体給餌する動物園・水族館は、大牟田市動物園(福岡県大牟田市)が17年に導入して以降、約5年間で20都道府県の24園に急増した。調査した産官学の任意団体「ワイルドミートズー」の伴和幸・動物研究員は、「動物福祉と教育の両面から屠体給餌をする動物園はまだ増える」と語る。
「野生動物命のリレーPJ」の尾林さんは言う。「安い輸入肉や廃鶏を使った餌と比べて価格がどうしても高くなる。屠体給餌に取り組む動物園に国や自治体が購入のための助成をすることで需要が増えれば、駆除された動物の命を無駄にせずに済む」