主体性を大切に
2014年に広告業界から同社に転職した伊藤渓士さん(32)は「農業でも他産業と同じようにキャリアを積めることが重要。意欲的に日々の作業に取り組める」と話す。同社に入社するまで農業との関わりはなかったが、東日本大震災後、メディアで同法人が農業を再建する姿を見て転職を決めた。
同社は伊藤さんの地元である東松島市にあるということもあり「一般的な転職と同じような感覚だった」という。伊藤さんは人事評価も高く現在は、イチゴ部門で農場長を務めるようになった。独立などは視野に入れておらず、今後も同社の従業員として働く予定だ。
同社の佐藤雄則代表は「会社で働き続けたい従業員と独立を目指す従業員、それぞれのキャリアに対応したい」と話す。人事評価の中には個人で立てた目標も取り入れ「それぞれがモチベーションを持って主体的に取り組む仕組みづくり」を意識した。これまで同社からは4人の従業員が独立したという。
キャリアアップの取り組みは職場全体の意識向上にもつながった。佐藤代表は「主体的な従業員が増え、作業効率の改善案などが現場から出るようになった」と手応えを感じている。
研修で実践積む
宮城県亘理町で今年、和牛繁殖経営をスタートさせた村田巧さん(21)は22年から1年間、法人が経営する同県白石市の牧場で研修した。祖父が肥育農家だった村田さんは和牛肥育の知識はあるものの、繁殖については農業大学校で学んだことが中心で、実践が足りていないと感じていたという。
「繁殖牛が300頭以上いる法人では、人工授精や、お産に立ち合う機会も多いため経験が積めると思った」と村田さんは研修のきっかけを振り返る。研修では、種付けから和牛子牛の育成まで一通りの作業を経験したことで、不安なく自分の経営を始められたという。
村田さんは現在10頭の繁殖牛を導入したばかり。「大きな法人と自分一人の経営では、やり方が違うところもあるが、人工授精などの基礎的な技術がしっかり身に付いた」と話す。
広がる雇用就農
農水省の調査では、21年に農業法人などに雇われる形で就農した「新規雇用就農者」は前年比で15%増の1万1570人。このうち15~29歳が全体の38%を占めた。同省によると農業をしたいけれど独立はハードルが高いという若者や、就職先の一つとして農業を選択する人に雇用就農が選ばれている。「キャリアアップの取り組みは若者のモチベーション維持にもつながるため、他産業と同じように取り組むことが重要だ」(同省就農女性課)と後押しする姿勢だ。
<取材後記>
「ただ毎日農場に来て作業するだけでは、もったいないですから」。イグナルファームで働き始めて9年目を迎えた伊藤さんの言葉が印象的だった。キャリアアップの取り組みは従業員の意欲を育て、経営にも良い影響を生む。今後の農業法人経営には欠かせない視点だと感じた。
雇用される形で働き続ける人、独立を希望する人――。農業法人での経験が、さまざまな可能性を開く。農業の担い手を育てる法人の取り組みに引き続き注目したい。