
母が作ってくれた料理で好きなものはたくさんありますけど、絶対に忘れられないのは漬物です。母も母方の祖母も、ずっとぬか漬けをやっていましたね。季節ごとに漬ける野菜は違うんですけど、思い出すのはカブ、ダイコン、キュウリ、ナス。あとハクサイがおいしかったですね。母も祖母ももういないんですけど、あの味は決して忘れられません。
母は何度かぬか床をダメにしちゃいました。そのたびに祖母から少しもらって、そこに新しいのを入れて一からやり直しました。最初は若過ぎて臭いがきついんですが、だんだんマイルドになって、2、3年たつと味が落ち着きました。
食卓にはいつも漬物がありました。普段はメインディッシュの横で脇役として活躍してくれるんですけど、忙しい時は漬物だけでご飯をバーっと食べる。堂々とメインを張ることもありました。
お米はササニシキ。おいしいですよね。僕はササニシキ派です。東京の高級すし屋さんが好んでササニシキを使うと聞きますが、たしかに魚と合うんですよね。
僕は気仙沼によく遊びに行ったので、古里の味というと魚です。緑色の紙に包まれた冷凍のマグロが、自然解凍される。血合いが付いたマグロを祖母が切ってくれて、しょうゆを漬けて食べる。そういうワイルドな食べ方ができたのも、港町の気仙沼ならではですね。
秋になると、ごめんなさいってくらいサンマをたくさん食べました。もう食べたくないってくらい食べたんですよ。まずは新鮮な刺し身から始まって。これはしょうゆで食べてもいいし、酢みそで食べてもいいんです。刺し身をたっぷりと食べた後で、塩焼きにする。
父が気仙沼に住んでいた頃は、季節になるとサンマが食卓に上らない日はなかったそうです。飽きないために、サンマカレーを作るなど工夫もしたそうです。
僕は気仙沼で釣りも経験しました。伯父が船を持っていて、それに乗ってアナゴの夜釣りに行ったんです。釣ったアナゴは、伯父がさばきました。庭先で水を流しながら、まな板にどんと刺す。するとアナゴがキュルキュルッキュルキュルッと鳴くんです。「ありがとう」と言いながら、さばきたてのアナゴを塩焼きで食べました。今考えると、本当にぜいたくな話だと思います。
思い出すのは花火大会の夜。ドーンという花火の音で、アナゴは逃げてしまうんですね。船の上から花火を「きれいだねえ」と見るんですが、「今日はあまり釣れなかったね」と言いながら帰りました。風景と食の記憶がつながっています。
今は仙台から気仙沼まで直接つなぐ道路がありますが、昔は一関というところまで北上して、そこから東に向かって行ったんです。東に向かう道路沿いに「ヒルトップ」というステーキハウスがあるんですよ。目の前に置かれた炭火で焼くんですけど、赤身肉が本当においしくて。しょうゆやワサビと一緒に食べると、おいしくてご飯が進む、進む。
あれから何十年もたっていますが、お店は健在。5年ほど前にも、僕は新しい道ができたにもかかわらずこの店に行きました。
途中で寄る道の駅での買い物も楽しいですよね。取れたての野菜、ずんだ餅、あんこ餅、それにガンヅキ。ガンヅキとは蒸しパンの一種で、黒糖を入れたものやみそを練り込んだものがあります。
子どもの頃、大好きだったんですが、東京に出てきたら全然見ない。ずんだ餅は全国区になりましたが、ガンヅキは宮城県だけなんでしょうかね。僕は帰ったら必ず食べるようにしています。
なかがわ・あきのり 1982年、宮城県生まれ。2001年、自身が作詞作曲した「I Will Get Your Kiss」でデビュー。翌年、ミュージカル「モーツァルト!」で、文化庁芸術祭賞演劇部門新人賞などを受賞。以後、音楽活動と並行して数々のミュージカルに主演する。6月1日のビルボード大阪を皮切りに、全国ツアー「JBB CONCERT TOUR 2024」を行う。