10月31日。奈良県橿原市立耳成西小学校の給食は、宮崎県でよく食べられる鶏肉料理と、同県特産の切り干し大根をふんだんに使った郷土料理「八杯汁」だった。 3年1組の教諭が児童に問いかけると、「戸村文庫だから!」と教室のあちこちから声が上がった。

戸村文庫は、宮崎県で「戸村精肉本店」を創業した戸村吉守さんの寄付でそろえた本が並ぶ本棚のこと。戸村さんは主に図書購入費として7130万円を橿原市に寄付し、市内全ての幼稚園と小中学校の計36カ所に戸村文庫が置かれている。
市などによると、戸村さんは宮崎県日南市の農家出身。1959年に中学を卒業した後、橿原市の精肉店に住み込みで働き始めた。帰郷して65年に精肉店を開くと、スーパーやレストランにも事業を広げた。
6年間の修業中は苦労もあったが、給食用の精肉の配達で学校を訪れると、子どもや学校関係者に温かい声をかけられ、励まされたという。
「若い頃の自分を支えてくれた“第二の故郷”に恩返しをしたい」と、89年から寄付を始めた。戸村さんは2017年に亡くなったが、21年まで家族が寄付を続け、市が1万2000冊以上の本を購入した。

戸村さんへの感謝の気持ちも込めて、橿原市は宮崎県の郷土料理を用いた給食を16年に始めた。戸村さんとランチをかけて「トムランチ」と名付け、年に1度、改めて戸村文庫のことを知ってもらう日にしている。
「宮崎の料理はおいしかった」と給食に笑顔だった3年の高根雄志さん(9)。「戸村文庫は図書室にあるけれど、戸村さんのことは初めて知った」と話した。
「校内放送で流すだけでなく、一緒に給食を食べるときっと戸村文庫のことを忘れないね」。教室で給食の様子を見守っていた兵頭加代校長は言った。