
「家族経営協定」は、前身である「家族協定」を含めると半世紀以上の歴史があります。1960年代、農村部では家父長制の因習が色濃く、「息子や嫁は、給料の要らない働き手」と捉えられていました。このため、農家の後継者たちは「勤め人となり、給料を得ていた同級生たちとの会合では肩身の狭い思いをした」者も多く、配偶者の確保にも窮してきました。
このような状況を打破したいと、群馬県内で始まったのが「家族協定」です。家族間の役割や報酬、休日などを話し合い、それを文書化しました。当初は「家族内のことを文書化するとは水臭い」と、強い抵抗がありました。そこで、高崎市農業委員会などでは、全農業委員が率先して協定を結び機運を盛り上げました。
その後、農業者年金制度がスタートして、経営移譲や後継者加入などの裏打ちとして「家族経営協定」が定着してきました。協定には①家族各人の主体的な経営参画②女性農業者地位確立③後継者の自立──などの狙いがあります。
大切なことは、家族で経営や家庭、将来について話し合う中で意思疎通を深めることです。そして、農業委員会会長やJA組合長など第三者の立ち会いを得ることで、文書化された内容を履行することを各人が胸に刻むことになります。
配偶者は家族ですから協定のメンバーです。また、締結により共同経営者であることが明らかになりますから、経営開始資金などが1・5人分となるなど、支援面で有利に働きます。
(元全国新規就農相談センター相談員・宮井政敏)