消費者の理解が前提条件
暑さに強い、省力化できる、加工に向く──。近年、気候変動や農業者の減少などから、品種に期待する性質が多様化している。ただ、急速な変化に比べ、改良には何年もかかるのが基本だ。そうした中、たった1年ほどでトマトを改良した事例があるという。どんな技術か、取材してみた。
そのトマトは機能性成分「GABA(ギャバ)」を多く含む品種を基に、さらに4、5倍に高めた。1個で一般的なミニトマト12個分のGABA摂取量(12・3ミリグラム)に相当し、血圧を下げる効果が期待できるという。
筑波大学発のベンチャー企業、サナテックライフサイエンス(東京都港区)が手がけた。従来の交配育種では野菜で数年、果樹で数十年と長い時間がかかるが、同トマトでは特定の機能の遺伝子を狙って切ることで効率よく変異させられるゲノム編集技術を活用した。同社は「ゲノム編集ならこれまでの半分以下の期間で育種できるようになる」と話す。
ゲノム編集は、自然による突然変異を人工的に起こせる技術で、DNAの修復時にまれに働きが変わる仕組みを生かす。同トマトでは、GABAの合成を抑える機能が働かないようにした。現在数十アールで契約栽培し、スーパーなどで販売する。
一方、ゲノム編集食品を手がける事例はまだ限られる。国への届け出制度は2019年に始まったが、届け出数は10件(8品目)にとどまる。消費者庁の24年の調査では、ゲノム編集食品が「どのようなものか知らない」人も94%に上った。
消費者からは懸念の声も上がる。消費者団体の日本消費者連盟は、ゲノム編集が新しい技術であることから「長期的に食べ続ける場合などでの影響がはっきりしていない」とし、ゲノム編集を用いたことが分かる表示の義務化などを求める。
他の生物の遺伝子を組み込む遺伝子組み換え(GM)とは異なり、国はゲノム編集では従来の品種改良によるものか科学的に判別できないなどとして、安全性などに関する事前相談や届け出は求めるが、販売時の表示は義務化していない。
同トマトではゲノム編集を用いたことをパッケージに自主的に表示する他、試食販売なども行い、消費者の理解に努める。種苗販売などを担うサナテックシード(同)は「ゲノム編集では作りやすさなど生産者にとってのメリット訴求が中心になっていた」とし、普及へは「消費者にも利点を示していくことが必要だ」とみる。


<取材後記>
毎年のように猛暑が続き、暑さに強い品種の人気が高まるなど、改めて品種の力に注目が集まっている。食料や資材の輸入情勢の不安定化に加え、国内でも農業者の減少に直面する。営農環境の厳しさが増す中、欲しい性質を短期間で得やすいゲノム編集技術は、情勢変化への迅速な対応が可能になる可能性を秘めていた。
一方、国の調査では、ゲノム編集がどのような技術か、消費者にはほとんど知られていなかったことが、改めて浮き彫りになった。
遺伝子を“編集する”という響きに漠然と不安を抱く消費者もいる。安全性や必要性について丁寧に情報提供しつつ、消費者にとってのメリットも明示していくことが国や事業者には求められる。
(本田恵梨)
