4月下旬、茨城県行方市。まもなく田植えが始まる水田が広がる。宅配で3200人の組合員がいる常総生協の理事長(当時)の中丸晴子さん(50)は田を見詰めながら考えていた。「米の値段、どうすればいいのかな」
今、米の話題を毎日テレビで見る。そのニュースを見るたび中丸さんは違和感を覚える。「これまでの米価で農家が離農していても誰も無関心だった。今は高値だけ、消費者の生活苦だけが注目されている。前みたいに米価が下がれば消費者は喜ぶかもしれない。でも、それでいいのか」
同生協ではスーパーより高値で米を販売してきた。しかし、今はスーパーでは銘柄米などは、生協より高いこともある。中丸さんは同生協のイベントなどで常に農家と交流してきた。「組合員の暮らしもあり、今秋の米の値段設定は悩ましい。困るのは、米を作ってくれる農家が減り農村がなくなること」
同生協に農作物を販売する農家の長島昌裕さん(73)と美智子さん(71)夫妻は、中丸さんの思いを聞いた。美智子さんは「私も同じ思い。悩ましいよね」とうなずいた。
昌裕さんは農薬を使わず有機JAS認証を取得して米50アールや多品目の野菜3・5ヘクタールを栽培する。首都圏四つの生協や消費者グループなどに販売。米の手取りは自分で設定し、30年近く価格は変えていない。
東京から移住し就農して40年間。住まいは農業地帯にあるが、大きく農業の姿は変容した。昌裕さんは「昔はみんな米を作っていた。米価は年々下がり、機械が更新できずやめた農家、何十人いるかな。半分以上が離農した。イノシシ被害もひどい」と振り返る。今、米価が以前に比べ高騰しても、離農した農家が再び米を作る兆しはない。
昌裕さんは、肥料は全て手作りで農薬は使わないことから「資材高騰の影響はうちの場合は限られる」。その上で「米問題が、後継者が育つ米価を考える契機になればいいが、政府は米価を下げることに躍起。大半の消費者には、これまでの安い市場の米価で農家がどれだけ苦労し、離農したのかは伝わっていない」と思いを話す。米価がいつ前のように再び安価になるか、先行きは見えない。
昌裕さんの自然栽培の営農技術は堆肥づくり、土づくりなどに優れ、草刈りの丁寧さには定評がある。
中丸さんは「米問題をきっかけに、猛暑でも真冬でも草刈りをして農業をする現場を伝え、みんなと米の値段を考えたい。でも具体的にどうしていいのか、分からない」と本音を明かす。模索を続ける中丸さんに長島さん夫妻は優しい笑顔を見せた。 (尾原浩子)