歌舞伎町以外の居場所を
ネオンが輝く東京・歌舞伎町の新宿東宝ビル周辺に集まる少年少女、通称“トー横キッズ”。児童売春、オーバードーズ(市販薬の大量摂取)、20歳未満の飲酒、喫煙がはびこり、社会問題になっている。一時避難場所を提供する支援法人・ゆめいくは、彼らを郊外の畑に連れて行き、農業体験の機会をつくる。一見、接点のなさそうな都心に生きる少年少女と、農業をなぜ結び付けたのか。体験で何を感じたのか。ゆめいく代表とトー横キッズに話を聞いた。
参加「面白そう」

同法人は第1回農業体験会を昨年11月に開いた。10代、20代のトー横キッズ13人が千葉県香取市でサツマイモの芋掘りを体験した。
参加者の一人、うにさん(20代・仮名)は高校中退後、地方から上京し、トー横で生活するようになった。酒を飲まないと眠れない日々を送り、「なんとなく面白そうだと思ったから」参加した。
実際は想像以上に大変だった。土を掘れば苦手な虫が手を這(は)い、叫ばずにはいられない。だが20メートルの畝を1列任され、責任とともに存在意義を感じた。農家から「傷があると売り物にならない」と聞き、丁寧に掘り起こした。「久々に太陽の下で体を動かして、胸いっぱいに空気を吸った。心から楽しかった」(うにさん)。その日は久しぶりに酒を飲まないで、ぐっすり眠れた。
農家と連携続く

ゆめいくの天野将典代表は「たった一回の農業体験では、生き方は変わらないかもしれない。だが、一日でも酒や薬から離れることが大切。歌舞伎町の外にも楽しいことがあると伝えたかった」と狙いを話す。農業体験では、はだしで走り回ったり、収穫物の大きさに驚いたりする年相応の反応が見られてうれしかったという。参加者のリサさん(20代)も「畑には生き物が多く、カエルやトカゲに触れて楽しかった」と振り返る。
「農業は協力することや命の大切さなど、生きる上で大事なことを全て学べる」(天野代表)。仕事の選択肢になれば、農業の人手不足解消にもなると期待する。
受け入れたのは4ヘクタールで野菜を栽培する法人・かとり農場の三崎和雄さん(49)。若者を支援する天野代表の活動に賛同した。「土に触れ、自分の中にある心の豊かさ、優しさに気付くきっかけになれば」と語る。
天野代表は三崎さんと連携した農業体験の頻度を増やす他、ゆめいくで畑を管理する計画を立てている。まずは耕作放棄地を切り開くところから。農業を通じて結び付いたトー横キッズとの糸は、今もつながっている。
<取材後記>
警視庁少年育成課によると、トー横と呼ばれる一角周辺で2024年に補導された少年少女らは延べ約800人。多くが犯罪に巻き込まれている。
トー横キッズの生い立ちを聞くと、親からの虐待や学校でのいじめなど、人生の大半を“被害者”として過ごし、必死に逃げた先にトー横があったのではないかと感じた。
三崎さんは「農業が居場所のない若者の心のよりどころになれば良い」と願う。自然の中には都会とは違う豊かさがある。心身が安全でいられる“逃げ場”になり得る。
うにさんは「もっと農業を体験したいが、どこでできるか分からない」と話す。一見農業と縁遠い若者でも情報を受け取れるよう、交流サイト(SNS)での発信やイベント企画が求められているのかもしれない。
(高内杏奈)
