飼料の高騰や生乳の需給緩和で、かつてない危機にある酪農。牛乳を愛する人たちは今、何を思うのか──。東京・JR秋葉原駅の総武線ホームで約70年前から営業する“牛乳の聖地”、「ミルクスタンド酪」の常連客や店主に聞いた。
瓶に入った牛乳を会社員らが一気に飲み干し、瓶だけを店に戻して去っていく。本紙「農家の特報班」の記者が「酪」を訪ねたのは平日午前8時。通勤ラッシュ時が、牛乳が最も売れる時間帯だ。
「値上げラッシュの世の中で酪農家さんが頑張っている。牛乳はシニアには欠かせない」と笑顔で話してくれたのは、埼玉県の60代の主婦。初めて訪れた東京都の30代の男性会社員は「報道で酪農家がピンチと知り、意識的に飲もうと立ち寄った」と話した。
「ご当地牛乳はスーパーでは買えず、産地によって味が違う。値上げしてもやめられない」。「酪」に20年通うという千葉県の50代の女性会社員はそう話した。「酪」は地方の乳業メーカーを中心に15社と契約し、50種類の商品を扱っている。
電車を降り足早に店に駆け寄る客がいた。「いつもの」と注文して飲み干し、また歩き出すまでたったの10秒。追いかけて話を聞くと、2年前から通う都内の40代男性だった。「地方の乳業メーカーを応援するために飲み続けている。廃業したらお気に入りが飲めなくなるから」
駅構内で立ち飲み形式で牛乳を提供するミルクスタンドは戦後に流行したが、今も残る店は少ない。「酪」を経営する「大沢牛乳」は1950年に創業。牛乳の宣伝札がのれんのようにぶら下がる店構えは当時から変わらず、いつしか“牛乳の聖地”とも呼ばれるようになった。秋葉原駅を含めて都内の3店舗で1日に計2000本を売り上げる。
31歳から3代目の社長を務める大澤一彦さん(76)は長年、酪農業界を見つめてきた。「飼料高騰や子牛価格の低迷など複数の危機が同時に発生している。こんな異常事態は記憶にない」と話す。
乳価の引き上げに伴う乳業メーカーの値上げで、「酪」も昨年11月から2回、一部の商品を10~20円ずつ値上げした。大澤さんは売り上げへの影響を懸念したが、「影響はなかった」という。「高くても価値あるものにはお金を使う人が増えている。牛乳の価値を知る人が買い続けてくれたのでは」とみる。
大澤さんは常連客からの情報などを基に地方の乳業メーカーを訪ね、ほれ込んだ牛乳だけを取り扱ってきた。「ご当地牛乳は宝。コップ1杯に込められた酪農家や乳業メーカーの思いを考え、応援してほしい」と話す。
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