主食用米で44年連続で最も多く作られている品種「コシヒカリ」。食味に優れ全国的に浸透する一方、近年は猛暑による等級低下という“作りにくさ”も顕在化している。それでも「コシヒカリ」のブランドを守り続けるのか、「コシヒカリ」偏重からの脱却を図るのか──。米産地が動いている。
「コシヒカリ」は1956年に品種登録され、面積は農水省の統計が残る初年の58年産で1万2374ヘクタール。その後、拡大が続き63年産に10万ヘクタール、78年産に20万ヘクタールを超えた。79年産以降、品種別面積で首位を維持するが、他品種も徐々に広がり、全体に占める割合は2005年の38%をピークに減少傾向だ。
長岡市の米農家・伊藤昇さん(70)は昨年、「コシヒカリ」22ヘクタールや高温耐性を持つ「新之助」20ヘクタールなど主食用米を計75ヘクタールで生産。1等米は、「コシヒカリ」は登熟期の高温を逃れるなどした一部の田で出せたが、「新之助」の方が大幅に多かった。それでも「新潟コシヒカリは誰もが知るブランド。周りの農家と経験を共有し、次作に臨む」と前を向く。
1等米比率は「新之助」の95%を筆頭に、高温耐性品種が「コシヒカリ」を上回る。県は耐性品種への転換を加速させるとしつつ、引き続き「コシヒカリ」を柱に据え「まずは気候変動に対応した栽培技術を探り、県産コシヒカリのブランドを守っていく」とする。
「一日も早く高温に強いコシヒカリを出してほしい」(伊藤さん)と品種改良に期待する声も強い。新潟大学が開発した高温耐性を持つ「新大コシヒカリ」は栽培実証に入った。県も高温耐性を持たせる改良に着手している。
栃木県は、県育成で高温耐性を持つ「とちぎの星」への転換を県内全域で推進する。同品種の面積は現状、主食用米の10%強だが、25年産までに27%に拡大し、従前は8割超を占めた「コシヒカリ」は6割まで減らす。県は「暑さの中でも、とちぎの星は安定した品質と収量が得られる。実需者からの引き合いも増している」(生産振興課)という。
「コシヒカリ偏重の是正」を掲げる富山県は、高温耐性を持つ県育成の「富富富」などへの転換を進める。「コシヒカリだけでは気候変動に対応できない」(農産食品課)とし、耐性品種の作付け割合を現状の20%から30%以上に高める方針だ。
品種名が前面に出る銘柄米ではなく、外食などに向く業務用需要を狙い、品種転換を進める動きもある。茨城県内では、農研機構が開発した高温耐性と多収性を備える「にじのきらめき」が増える。23年産は前年より5割ほど伸び、1000ヘクタール超の見込み。JA全農いばらきは「歩留まりの良さと安定した品質で実需の評価も高い」という。
好み多様化 実需は「安定」重視
時代の変遷とともに、米の売れ筋は変化している。東京都内の米穀店は「かつては、『コシヒカリ』の名前だけで売れていた時代もあったが、今は違う」と言い切る。銘柄重視で米を買う客は少なくなり、「一人一人の好みに合った米が求められている」として、ニーズの多様化を感じているという。各県の米産地では良食味のブランド米開発が活発になった。流通業者には「提案の幅が広がるのは良いこと」とした受け止めもあるが、売れ筋に定着する銘柄は多くない。厳しい栽培基準を通じた品質追求など、高価格の設定となる背景を丁寧に訴求して、「着実にリピーターを積み上げることが重要」との指摘がある。
手薄となっているのが業務向けの米だ。大手米卸は「業務用として『コシヒカリ』を求める声が一定にあるものの、価格は求めている水準より比較的高い。全国で生産されており、産地ごとの差別化も難しい」と課題を挙げる。2023年産「コシヒカリ」が猛暑で全国的な等級低下が発生したことで、流通業者が調達を見直す転換点となる可能性がある。
米販売のキーワードとして浮上するのが「安定」だ。「高温耐性を備えた多収性品種なども求められている」という。消費者や実需に選ばれ続けるためには、「長い目で見た品質・数量の安定が重要」と流通業者は口をそろえる。