
「むしろ田舎の方が自分らしくいられる」。100年を超える古民家に記者を迎え入れ、臼井さんは静かに話し出した。
岡山市で育ち、大学卒業後は海外に留学。地域の自然を観光に生かし、環境保全につなげる「エコツーリズム」を学んだ。帰国後、知人の紹介で自然豊かな同村を知り、2010年に移住した。
幼い頃から自分の性に違和感があり、「気持ちを押し殺して生きてきた」。女性として扱われることに耐えられず、移住後しばらくして男性ホルモンを投与し、声や見た目は男性に近くなった。臼井さんは「戸惑う人はいたと思う」と振り返る。
だが、「人口の少ない村を守るためにも、性別関係なく、助け合うことが大切」。そう考える住民たちが臼井さんを支えた。地元のサルナシ農家の芦川巌さん(82)もその一人。「栽培の担い手がいない。してみられ(してみなさい)」と臼井さんを誘った。
「戦力として求められているのだから、頑張りたい」と、臼井さんはサルナシの生産を始めた。

一方で、移住後、全てが順風満帆に進んだわけではなかった。
「お前は素性が分からん」。そう言われたことがあった。
LGBT 性的少数者の総称の一つ。レズビアン(女性の同性愛者)、ゲイ(男性の同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(戸籍の性別と異なる性自認の人)の英語の頭文字を取っている。
だが「お前は素性が分からん」という一言は自身を省みるきっかけになった。
村に住む人々は長年の付き合いから互いの距離感や強み、弱みも知っている。一方、自身は移住者。「生い立ちも見えづらく、トランスジェンダーのことも含めて、村の人の不安な気持ちが、『素性が分からん』という言葉になって出たんだと思う」と打ち明ける。

自分の正義を押し付けず、相手の立場になる--。移住者として地域に溶け込むため、たどり着いた答えは、自身がLGBTの立場で社会に望んできたことと同じだった。
「高齢化して担い手不足は深刻。そんな中、村の未来をよく考えてくれている。性別なんて気にしゃーせん(しない)」。臼井さんに古民家の空き家を紹介した笹野寛さん(72)は本人の人柄に目を向け、信頼を寄せる。
笹野さんの母、清子さん(99)は臼井さんが農作業の合間に一緒にお茶を飲む間柄。「気軽に話せる友達」と顔をほころばせる。取材が終わると、臼井さんが50歳近く年が離れた清子さんの手を引き、散歩に出かけた。
戸籍上の性別を変えるには性同一性障害特例法によって、生殖能力をなくす手術を受けることが要件となっていた。だが、最高裁はこれを2023年10月に違憲と決定。これを受け、臼井さんは岡山家裁津山支部に申し立て、変更が認められた。
手元にある「男性」と記された書類を見つめ「男性だと言える材料が増えた」とほほ笑んだ。「手術を望まない人もいる。この体で生まれ、この考えを持っていることに、初めて意味があったと思えた」と実感する。
自身の性別変更がLGBTに寛容な社会を作る一歩になることを望む。
「性別は男女だけでなく、グラデーションがあることも知ってほしい。自分や村の人たちのように、みんながお互いの立場になって歩み寄る社会がいつかつくれるはず」