
メッセージを寄せた繁殖農家は夫と息子、3人で年間40頭前後を出荷する。資材代の高騰を背景に「収入は低迷したまま。パートを始めて、家計の足しにしている」状態。コストダウンに期待し、この技術に着目したという。
乾草と放牧の肥育技術は、九州大学大学院農学研究院の高橋秀之准教授らが開発。粗飼料の乾草と放牧の生草だけを与え、経費を抑えて赤身の強い肉が生産できる技術として、記者が取材。記事にまとめた。
濃厚飼料を使わないため、人件費を除く生産費は1頭当たり約20万円で慣行の肥育より大幅に安い。
コストダウンを目指す問い合わせ農家のニーズにも確かにマッチする。問題は、繁殖牛にも、この技術が使えるかどうかだ。
記者が問い合わせると、高橋准教授からは「可能と言えば可能」との返答が来た。ただ、実際に導入するとなると、クリアすべき課題は少なくない。
高橋氏は「繁殖・肥育の一貫経営が前提」とした上で「赤身肉の需要開拓が欠かせない」と指摘した。赤身肉の需要はどこまであるのか。さらに取材を進めた。

一方、繁殖・肥育の一貫経営ではなく、この技術を使って育てた子牛を従来の肥育農家向けに出荷するのは「難しいかもしれない」と高橋氏は指摘する。一定に濃厚飼料を与える慣行よりも子牛の体が小さくなる上、肥育時の肉質等級のデータもないため「肥育農家が敬遠する可能性がある」という。
実際、現場実証で去勢は28カ月齢で体重が600キロ超、全国平均のデータがある29・5カ月齢の808・3キロと比べると3割下回った。
肉質等級はB-2。赤身が多い部類だった。従来の霜降り肉にはなりにくい半面、「赤身肉の需要を狙える」と高橋氏は見据える。

「赤身肉の潜在需要はある」と高橋氏は見込む。乾草と放牧だけで肥育し、飼料代を抑えた赤身肉の生産が見込める新技術を生かし、「生産費の低減と赤身肉のブランド化、両方を実現させたい」と思い描く。
早ければ1年後をめどに、赤身肉の生産・販売を手がけるベンチャー企業の設立を目指す。同技術の特許も出願。生産者への技術普及を目指す。
県内で出生・肥育した脂肪交雑基準(BMS)ナンバーが3~9の赤身の強い黒毛和牛を「愛媛あかね和牛」として銘柄化。2023年度の出荷頭数は136頭に上り、初年度の15年度の10倍に増えた。
赤身肉のブランド化に乗り出したのは「霜降り肉で既存のブランド産地に追いつくのは難しい。消費者の嗜好が高まる赤身肉で勝負したい」(県畜産課)との狙いからだ。
県を中心に、生産者やJA全農えひめ、卸業者、小売り業者の団体も加わった協議会を発足。「県内を中心に脂肪が少ないヘルシーさを売りに、女性や高齢者を狙って、積極的に販売する」(同課)という戦略を展開し、需要開拓につなげた。
メッセージを寄せた繁殖農家の女性に、一連の取材内容を伝えると「高級な霜降り肉は今、売れにくくなっている。ヘルシーな赤身肉に期待したい」との答えが返ってきた。
一方、周囲には霜降り肉の生産を重視する傾向が多いといい、「農家はもっと今の消費者の牛肉に対する意識を知る必要がある」と感じるという。資材代の高騰が続く中、「今のやり方を変えないと牛肉生産の未来は厳しい」と話す。
(小林千哲)