例えば廃棄野菜。廃棄やくず野菜なんて本当は言いたくない。本当に傷んでいる野菜はともかく、ちょっと形が悪いとか規格に合わない野菜を、全部は無理でも農家は日々の食卓に活かしている。当たり前のことをずっと普通に積み重ねている、それはとても尊いですよね。
□ □

農家は本当に苦労されているはず。普段はほっといてもいくらでも花がつくナスも、今年は(生長が)ピタッと止まっちゃったんですよね。ようやくちょっと涼しくなったかなという時にもう1回花が咲いたけれど、ちゃんとは実らなかった。
今は、「おむすび」の舞台の一つである福岡・糸島からいただいたニンニクを育てている。玉ねぎぐらいの大きさになるんですって。すごい育ってます。それからハクサイ。そしてダイコン。ダイコンはやっとまっすぐ作れるようになった。私は小さな小さな畑なので、自分だけの満足ですけど、自分で作ると、葉っぱもちゃんと食べようって気持ちになる。とても捨てる気になれない。
野菜を作り始めたのはコロナ禍でした。近所に畑を貸してくれるスペース、コンテナ畑みたいなのを見かけて、おもしろいなと思ったことがきっかけでした。野菜を作ることが私の人生を豊かにしてくれている。大変だけど、無になれる時間。野菜を育てていると、気候や天候も心から感じられる、実感できる。
作業がね、作物によっても違う。農家役を演じて、ブロッコリーを収穫することになった。そんなことやったことないですからね。収穫でナイフがあり、収穫するための畑に入れる車の扱い。
野菜によって作業が全く違うんですよね。糸島では、そういうことも丁寧に指導してくださった。なかなか練習する時間は取れないんですけど、ちゃんと農業指導の時間がスケジュールにあり全員で習った。それこそ全国の農家がご覧になるわけだから、あんまり下手っぴだと、申し訳ないと思って練習しました。
私は不器用なんですが、(松平健さん演じる主人公祖父役)永吉さんがすごくうまいの。あんまり農業をちゃんとやってない役なんですが、永吉さんは勘が良いんですね。なんでもなく袋に詰める作業も、1回ちょっと練習しただけですぐに永吉さんはできて。

私が演じた佳代さんは、九州の働き者の女性だと思います。周りの人を生かすことで自分を生かせるタイプの女性。自分を殺して、自分を犠牲にして周りを生かすのではなく、例えば周りの人においしいものを食べてもらうことで、それで自分も幸せになれる人。目立たないところで、実はみんなを支えている、でも、別にそれを気づかれなくてもいい。そんな女性。うん、素敵な人だと思います。ただ、とっても働き者で大変だと思います。
実際には無理だと思うくらい。だって、おじいちゃん、全く農業やらないし。お嫁に来てからずっと働いて、子育てもきっと1人でやった。
□ □
年を重ねれば重ねるほど、農業や食の大切さは、また身に染みてくるんですよね。1回1回の食事っていうのが、どれだけ大切なものなのかということを感じる。おいしいものはいっぱい、世の中には溢れているんだけれど、毎日毎日ご馳走じゃなくてよくて、当たり前の日々、繰り返しをちゃんと楽しめるようにしていくことが1番豊かな食生活かなと思うようになりました。何でもないもの、当たり前でちょっと退屈に思えるものが、体を作っている。それで今野菜がね、高い高いって言われる。高いんだけど、やっぱりそれだけ手間暇がかかっていますからね。この天候不順。だから、高いというところだけに注目してほしくない。
その時期に旬でそんなに高くない野菜から、自分が今手に届くものを工夫して食べるのがいいのかな。野菜の値段はお天気次第だし、農家は頑張っているわけで、値段だけに目を向けてほしくないですね。
□ □
糸島では親子代々農家もいれば、新しく農業を自分で始めましたという農家もいる。この動きがおもしろいなと思いました。糸島という町自体、古くから、酪農、漁業、農業が営まれてきた、豊かな地域。そこに、九州大学が移転して、若い人たちが集まる人気の地域になり、若い人たちが新たに農業に参入してこようとしているのはとても活力を感じるし、これから楽しみな地域。糸島は直売所「伊都彩々」があるから、野菜が少量でも出品できて、新しく参入した農家も入りやすいんだと聞きました。そういう工夫で、新たにと地域に入ってくる。そういう地域が各地に広がるといいなと思います。□ □
農業は、最先端の産業。いつの時代も必ず必要なもの。AIを活用するような余地もあるし、すごい可能性がある分野です。ただ、米田家も、おじいちゃんとおばあちゃんだけになって、お年寄りだけが取り残された。そういう地域は全国にいっぱいあるんだと思う。でも、そういうところには若い人が結構入ってきて、可能性は本当に広がると思う。
若い人が入ってきやすい工夫って何かないかな。補助金だったりもあるんでしょうけど、農家って休みがないじゃない。私いつも思ってるの。ちゃんと農家も休みがと取れるようになればいいなって。ずっと縛られるっていうのは、今の若い人にはとても辛いでしょう。他にもやりようが色々あるような気がします。
農業はすごく大切な、誰にとっても大事なことをしているっていう、その仕事へのモチベーション、やりがいみたいのは1番得られる仕事じゃないかと思う。いろんな仕事で直接の手応えを得るのは難しい。我々も例えば、じゃあドラマをやって「見てますよ」「おもしろかったですよ」って直接言われることは喜びですが、視聴率という当てにならないものもある。でも農業って誰にとっても大事なことを、それがないとみんなが困ることをやっている。実がなっている、生長していることを見るのもきっとうれしいだろうし、うらやましい仕事でもあると思います。
□ □

一つだけ、鍬の使い方が、へたっぴで申し訳なかったんですよね。最初のころ、雨がもうすぐ降る時に、マルチかけて本当なら鍬でするのに、ちょっと水を含んで水っぽくってぐちゃぐちゃになっていて、鍬がうまく扱えなくてスコップでやらせてもらっったんです。これ絶対、農家に笑われると思いました。私の畑はコンテナ畑なんで鍬使わないの、なんて甘えたいこと言ってはだめですね。農家には絶対見抜かれていると思います。今度はちゃんと鍬も練習しないと。
でも、農家役を演じらたことは、私の中の財産になっています。糸島の皆さんとも出会えたことが、そして良い笑顔を見られたことが、とても良い財産になって、この先につながっていくんじゃないかなと思います。
□ □
おにぎりを握るシーン。昔だったら、おばあちゃんやお母さんが素手で握って食べてましたよね。でも今、素手のおにぎりを食べられない人もいっぱいいる。ドラマの中では素手で握りましたが、あんまり触らないようにしようと思って、3回でできるようにいっぱい練習しました。大きさ、むすびの形は家によって違う。今日食べたものが、何日後かにはどこかの体の一部になっている。それを考えると、食は本当に大事ですよね。そして、おむすびは例えば楽しい思い、遠足だったり、運動会だったり、あるいは、災害があった時に炊き出しで出されたり、いろいろな人の思いがそこに入っている。頑張ってください、お疲れさま。場面場面で、いろんな思いを込めることのできる不思議な食べ物だと思うんですよね。日本人にとってはちょっとエモい。身近すぎてあんまり普段意識しないけど、いろんな大事な場面で出会うものがおむすび。おむすびだけではなく、食には人々の思いが込められている。これから受験生に親御さんが出すお夜食も、特別な思いが込められていますよね。
先ほども言いましたが、野菜が高いと買えないのはしょうがなくても、農業のありがたさを実感するために、学校で作ったら、挑戦したらどうですか。子どもたちが農業体験するといいんじゃないですかね。誰もが、自分が育てたらこんな風になるんだってわかる。家でプランターでも良い。
私、この間ね、春菊と小松菜を植えたんですけど、筋蒔きにしちゃったので、ばーっといっぱい出てきて、間引かなきゃいけなくなった。間引いたのをちゃんとお味噌汁で全部食べたのね。そんなんでもやってみるといいな。そしたらベビーリーフはいっぱい収穫できるし。少しでも育てるってこういうことだなとか実感できることが大切。値段が高い高と言ってるだけじゃなく、なぜこんな値段になってるか、考えなきゃいけない。そう強く思いました。
◇
食料安全保障の確保へ、新たな食料・農業・農村基本計画の策定に踏み出す2025年も、日本の食や農の価値を考える年となる。著名人に思いを聞く。(6回掲載)