[論説]高所からの転落事故 実効性ある対策を急げ
農水省によると、2022年の10万人当たりの農作業事故の死亡者数は11・1人。“きつい・汚い・危険”の3Kとされる建設業(5・9人)と2倍以上の開きがあり、いかに危険と隣り合わせであるかが分かる。特に個人事業主である農家は、労働基準法や労働安全衛生法の適用外となり、命を守る法律がない。
農機事故と同様、農家の命を脅かすのが高所からの転倒・転落事故だ。昨年、山形県ではサクランボのハウスにビニールをかける作業中、誤って転落した人が死亡した。県によると「命綱やヘルメットをかぶっていなかった恐れがある。安全装備をしていたら事故の程度が軽くなっていたかもしれない」とみる。
農水省によると、脚立やはしごなど高所作業時に転落し亡くなった農家は7人(22年)。この死亡事故の背後にどれだけの重傷事故が潜んでいるのか、調査さえしていない。共済事故のデータに基づいたリスク分析を行うJA共済連は、事故の発生件数が多く大けがを負う可能性が高い「優先して対処すべきリスク」として、乗用トラクターに加え脚立とはしごを挙げた。農機に加え、高所からの転落事故をどう防ぐかは喫緊の課題で、官民挙げた安全対策は急務となっている。
共済連は仮想現実(VR)技術で、高所からの転落事故などを疑似体験できる装置を開発。「事故の恐ろしさ、安全への備えの大切さを再認識してほしい」(農業・地域活動支援部)としている。
農業現場の安全対策を強化しなければ、担い手は減る一方だ。人手不足や資材高騰、気象変動が激しい中で、心にゆとりを持てなかったり、「自分は大丈夫」と過信したりしていないだろうか。いま一度、安全を確かめよう。
建設業では対策が進んでいる。高所作業の安全装備に詳しい富山県南砺市の労働安全コンサルタント、片山昌作さんは「建設現場では、転落を防ぐ命綱やヘルメットの装着は義務付けられている。農業現場も法制化を考えるべきだ」と指摘する。千葉県匝瑳市は06年、全国に先駆けて「農作業安全都市宣言」を出した。地域を挙げてこうしたうねりをつくりたい。
今年も各地で転落事故が相次いでいる。事故の実態を明らかにし、迅速な対策につなげる必要がある。命を守る法整備を強く求めたい。