[論説]従業員の労災保険 一人でも加入義務化を
雇いたいけれど、人が来ない。若い人は入ってもすぐやめる――。深刻な人手不足の中、農業現場でこんな声をよく聞く。求められるのは、働く立場に立った環境整備。良い人材に長く働いてもらうためには、社会保険や労働保険の加入は必須となる。
特に、農作業事故が多発する農業現場で、従業員の命と農業経営を守ることを考えた時、欠かせないのが労災保険への加入だ。パートやアルバイトなど一人でも雇えば、経営主には労働基準法に基づく災害補償義務が生じる。未加入の場合は、事故に遭っても手厚い公的補償を受けられず、経営者側が全額、治療費や入院費などを補償しなければならない。
問題は、従業員が4人以下の個人経営体の場合、「暫定任意適用事業」で加入が任意となることだ。この制度は1969年に始まり、50年以上「暫定」のままになっている。その間、農業の業態は変わり、規模拡大が進み、個人経営の農家も人を雇うケースが増えた。労災保険の加入が任意だからといって「入らなくていい」というわけではない。従業員の死傷事故が起きれば補償義務が生じ、農業を続けることは難しくなる。
政府は早急に暫定任意適用事業を撤廃し、従業員を一人でも雇う場合は労災保険の加入を義務付ける必要がある。
一方、肥料や飼料などの資材高騰は長期化し、農産物の価格転嫁は進まない。農業所得の確保がままならない中では、保険に入る掛け金まで負担できない現状もある。広島県のJAと連携し、農家の労災加入を促進する広島市の社会保険労務士法人「たんぽぽ会」の瀬川徳子会長は、従業員を3人雇い、年間の賃金総額が計250万円の場合、掛け金は、3人で年間3万2500円と算定する。「事故が発生すれば、使用者責任を免れない。その重大性を改めて考えてほしい」と指摘する。
安全な環境で働きたい。それは誰もが願うことだ。首都圏の大学を卒業し、個人経営の農家の下で働いていた20代女性は「経営がルーズで、ここでは長く働けない」と感じ、他業種に転職した。
良い人材に長く働いてもらうには、労災保険への加入は欠かせない。家族経営の農家も労災保険には特別加入できるが、加入率は1割程度と低調だ。安全のコストを削り、命まで削ってはならない。