振り袖から伸びる手が握るのは牛刀。自在に操り和牛肉をさばく――。兵庫県姫路市の渡邊麻莉夏さん(28)は「和牛着物ブッチャー(肉職人)」として世界各地を飛び回り独自のスタイルで和牛をPRする。和牛農家とも対話し、「大事に牛を育ててきた農家の気持ちに応え、おいしさを引き出すのが私の務め」と意気込む。
眼前には神戸ビーフの塊。素早くたすきをかけ、振り袖をまくる。牛刀の刃をすっと肉に入れ、手際よく切り分ける。
「慣れると和装での作業もさほど気になりません。むしろ日本を体現できるので、橋渡しする使命感が強まります」。渡邊さんはそう話す。
大学生の頃から「肉職人になりたい」と志し、東京の築地場外市場の精肉店などで働いてきた。世界に和牛を売り込める人材を探していた食肉卸のエスフーズ(西宮市)と契約し、昨年夏から活動を開始。「日本らしく和装はどうか」と同社の提案を受け、今のスタイルを確立した。
主な活動の場は、同社の取引先などが企画する海外の和牛販促イベントでのカットショーや現地料理人向けの講習会。これまで20カ国以上に訪れた。
ドバイなどの暑い国なら薄切りステーキ。ブルガリアなど煮込み料理が盛んな寒い国だと、すじ肉――。あでやかな振り袖姿だけでなく、現地の食文化も考慮した渡邊さんのスタイルは人気を呼び、外国人インフルエンサーがカットショーを生配信するなど、波及効果も生まれている。

国内にいる時は精肉技術や知識を高めることに時間を費やす。生産現場の声を聞くため和牛農家にも訪れる。
渡邊さんと交流がある同県佐用町の繁殖・肥育牛農家の盛本和喜さん(59)は、育てた牛の肉を渡邊さんがカットしたこともある。「見事な手さばき。赤ちゃんから育ててきた牛を信頼して任せられる」と太鼓判を押す。
「生産現場や加工場のストーリーを背負って肉をさばき、和牛を最大限楽しんでもらえるようにするのがブッチャーの役割」と渡邊さん。今後はサウジアラビアや米国にも進出する。「和牛の魅力をもっと引き出せるよう、腕を磨きたい」と決意する。
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