山口県萩市の佐々並地区。ここ5年は毎年のように子育て世代を呼び込み、小学校の閉鎖の危機から逃れた。住民や農家らが手弁当で空き家紹介やイベントを手がけ、移住者を温かく歓迎している。
小さな田んぼが点々とし、山に囲まれた同地区。江戸期から昭和期までに建てられた重要伝統的建造物群保存地区もあり、中心部には歴史風情のある町並みが広がる。
笹瀬香織さん(45)が手作りした米粉の菓子を頬張ると、農家で移住サポーターの廣田頼篤さん(71)が笑顔になった。「佐々並の米がこんなにおいしいケーキになるなんて、うれしいなぁ」
笹瀬さんは夫の智広さん(48)と子どもたちとともに2023年末に千葉県から移住。田んぼが目の前にある空き家が決め手となったという。今は民泊や農業などで暮らす。
550人が暮らす同地区。かつては萩城と三田尻を結ぶ「萩往還」の宿場町として栄えた。戦後は児童数300人と、にぎわいのあった同地区も、過疎化が進み住民は年々激減。約25年前に中学校は統廃合し、やがて保育園もなくなった。小学校は20年に16人となり、統廃合が現実味を帯びた。「誰も小学校は存続させたい、移住者に来てほしいと願っていたが、インターネットも使えないし、雇用のない地区に若い人が来るはずがないと、諦めていた」と廣田さんは振り返る。
20年、当時の小学校校長の呼び掛けで、保護者や住民らが話し合いを始めた。小学校を消したくないと、手探りで新入生の確保を目指した移住者の呼び込みが始まった。
できることをやろうと、小学校や空き家、地域の魅力を紹介する見学会、地区出身のタレントのテレビでの呼び掛けなどを実施。協力を呼び掛けると、地区のほとんどの農家が見学会の参加者にプレゼントする野菜や米を無償提供してくれた。
見学会参加者から、移住者が決まった。この成功体験を機に20年末には、保護者らを中心に「ささラブ応援隊」を結成。地域、保護者、行政、学校の“四輪駆動”で学校存続を目指し、本格的に移住・定住プロジェクトが始まった。「ささラブ」のホームページも作成。見学会は昨年までに6回開いた他、住民考案のイベントを複数回開き、廣田さんらが空き家の掘り起こしを進める。
地道な地域ぐるみの取り組みが奏功し、5年間で15戸およそ40人が移住した。今では小学校の半数以上が移住者の子どもだ。「里山の雰囲気が良い」「人が温かい」「萩や山口市に通える」など移住する理由はさまざま。廣田さんは「諦めなくて良かった。地域づくり、やればできるんだと思った。農業にもやりがいが出る」と手応えを話す。
同市は空き家バンクによる住宅支援、移住者への補助制度、情報発信など総合的に移住支援を進める他、移住支援員や移住就業コーディネーターが移住希望者の仕事、暮らしの相談に応じる。さらに各地域には移住サポーターを配置し、重層的な受け入れ支援をすることで、移住者増に成果を上げている。同市は「佐々並地区のような住民が主体となった移住者の呼び込みは他にない。各地に広げていきたい」とする。
(尾原浩子)