風味生かし 加工に可能性
北海道で「畑で作る米・陸稲」が話題となっている。道東の畑作・酪農王国、十勝・根釧エリアで取り組む事例もある。いずれも稲作には不向きな地域だ。そんな所でなぜ挑戦するのか、「産地地図」を変える可能性はあるのか……。生産者や識者に疑問をぶつけると、取り組みへの思いが見えてきた。
米を見詰め直す

「食料自給率1100%の十勝でも、稲は栽培されていない。当たり前に食べている米を見詰め直す機会にしたかった」。そう語るのは、清水町の「SAWAYAMA FARM」の澤山あずささん(34)。同農場では38ヘクタールで小麦、大豆などを栽培する。
2024年、自身が運営する体験型自然学校の活動として、25アールに「ななつぼし」「きたくりん」を直播(ちょくは)。無農薬・無肥料の自然栽培で約700キロを収穫した。豆の播種機や汎用(はんよう)コンバインなどを使えば新たな機械投資は不要で、導入のハードルの低さも実感した。
今年2月には「十勝陸稲研究会」を設立し、初会合には地域内外の生産者や消費者ら約250人が参加した。澤山さんは「主食用米の市場を奪うという話ではない」と強調した上で「将来にわたり食料の安定供給が求められる。十勝で稲が育てられるポテンシャルは(食料危機時の)希望の光」と話す。
酪農と連携する取り組みも出てきた。中標津町のケーズファクトリーは24年、元牧草地で陸稲を試験栽培した。畜産廃棄物を活用したバイオガス発電で出る消化液を肥料として散布。収穫後に出るもみ殻や稲わらは敷料、米ぬかは飼料として酪農家に供給する。
同社の影山玲代表は、地域で酪農の苦境や離農増加を目の当たりにし、農地維持や飼料自給の重要性を実感。「地域の農家と協力して循環型農業を実現したい」と意気込む。
選択肢の一つに

今後、陸稲栽培は道内で広がるのか。そして、米需給に影響するのか。15年前から陸稲研究に取り組む帯広畜産大学の秋本正博准教授は「仮に十勝で陸稲を大々的に作付けしても、米の需給を左右することにはなり得ない」と言い切る。気象条件によるが、水稲より食味や収量は劣る。また、陸稲で使える薬剤は限られており、作付面積にも限界があると説明する。
秋本准教授は、特有の風味は煎餅などに適することから「加工を前提に生産すべきだ」と提案する。地元菓子メーカーなどが陸稲を採用すれば「地域にバリューチェーン(価値連鎖)をつくり出せる」(秋本准教授)。輪作体系にも組み込めるとし「品目選択の一つになれば」と期待する。
<取材後記>
澤山さんからいただいた陸稲の精米を自宅で炊いてみた。炊きたてのご飯からは、稲わらの香りがふわり。口にすると、甘味や粘りをしっかり感じた。“陸稲未体験”だった記者は、これが畑で育った米であることに驚いた。
道内での陸稲栽培はまだまだ「点」の取り組みとはいえ、道内有数の米どころのJAが試験栽培を検討するなど注目度は高い。澤山さんの元にも収穫前に農水省職員が視察に来た他、研究会の発足時には各地のJAから問い合わせがあったという。
取材では、新たな作付け品目として陸稲への期待の声を聞いた。一方で、水稲品種を陸稲として栽培した場合の流通・販売の扱いなど課題も感じた。取り組みが一過性のものなのか否か、注目していきたい。
(小澤伸彬)
