「作品名は明かせませんが、撮影に協力してください」
昨春、NPO法人大山千枚田保存会に一通のメールが届いた。事務局長の浅田大輔さん(40)は「映画の撮影依頼は珍しくなく、普段通り対応した」と振り返る。スタッフの現地視察も受け入れた。

公開された約15秒の予告編に、見覚えのある棚田が映った。作品名を聞き、人気シリーズの最終作と知った。 エヴァンゲリオンシリーズは主人公の男子中学生・碇(いかり)シンジが、友人や親との関係性に悩む描写で人気を集めたSFアニメ。劇中では棚田でヒロインの綾波レイが田植えなどをしている。
浅田さんは「『タイトルは知っている』『聖地になる』など地元の受け止めは多様。ただ、舞台になったことでファンや若い世代に農業が注目されるとうれしい」と話す。
大山千枚田は3・2ヘクタールの水田が山の斜面に沿って広がる。“東京から最も近い棚田”として、首都圏からの観光客も多い。
棚田の景観を守るため保存会は2000年、棚田オーナー制度=「ことば」参照=を開始。首都圏在住者らを対象に水田約1アールを1口3万円で貸し出す。オーナーは草刈りや田植え、収穫で年7回ほど棚田に訪れる。年間1万人超を受け入れ、都市農村交流を続ける。
農作物を育てる苦労や田舎のなりわいを肌で感じてもらうため、農家は指導に徹し、客扱いしない。当初、39組だったオーナー数は今年度、160組に達した。
理事長の石田三示さん(69)は「食べて、生きることの達成感は田舎でしか味わえない」と魅力を語る。
北海道のJA道央青年部長で、アニメや漫画といったサブカルチャーに詳しい岡村若桜さん(37)も同作で農業が描かれたことに注目する。
中学生の頃、エヴァンゲリオンを視聴した岡村さんは、25年越しのシリーズ完結に「キャラクターの成長と自分の人生を重ねた」と語る。
岡村さんは、江別市で水稲や野菜を75ヘクタールで栽培する傍ら、農業とサブカルチャーを紹介するインターネット番組を配信する。本音のトークが人気だ。
岡村さんはこのほど、有名ラジオ番組にゲスト出演。同作で描かれた田植えの方法や農機具の使い方などを、農家視点で解説した。岡村さんは「農村が登場人物の濃密な人間関係を描く舞台の一つになっている」と話す。
<ことば> 棚田オーナー制度
希望者が年会費を払い、農産物を栽培しながら棚田を保全する。収穫物はオーナーのものになる。1992年に高知県梼原町で始まった。NPO法人棚田ネットワークによると現在、全国32府県の約80カ所でオーナーを募集する。農家の高齢化で日常的なあぜの管理などが課題となっている地域もある。
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