薬剤を散布したのに再び発生しているーー。調査のきっかけは埼玉県加須市の男性からのメッセージだった。
男性は出穂直後の7月7日、自身の水田で同害虫を見つけ、ドローンで水和剤を散布した。さらに、その2日後に再び多数の同害虫を確認。「弱っているものもいたが、元気に逃げ回るものもいた」と当時の状況を話す。
群馬県館林市の男性は出穂前にもかかわらず自身の水田で同害虫を多数発見した。発生した場所に粒剤を散布したが「10日が経過してもいなくならなかった」。さらに水和剤を散布し、その2日後に粒剤もまいた。「ひっきりなしに飛来してくる。不稔(ふねん)や斑点米防止のため、少なくともあと数回の散布は覚悟しているが、コストがかかる」と頭を抱える。
従来と違う傾向
いずれの投稿者も、「これまでの斑点米カメムシ類にはない傾向」と口をそろえる。使用した薬剤の使用期限は切れておらず、大雨などで流されたこともなかったという。
農研機構に問い合わせると「イネカメムシに効果がある薬剤ではなかった可能性もある。防除効果に疑問がある場合、地域の防除所などに相談してほしい」(病害虫防除支援技術グループ)との答えが返ってきた。
記者は、イネカメムシに使われる薬剤の効果を把握するため、全国の研究機関がまとめる研究成果などを洗い出した。すると、薬剤散布後の再発生の謎を解き明かすヒントになるような情報を見つけた。
愛知県が7月17日に発表した同害虫の注意報の中に、そんな記述があるのを見つけた。
より詳しい内容を探るため、同県農業総合試験場に取材した。感受性低下を招いた要因として、同試験場は「薬剤を地域単位で毎年連用したことで、その耐性を持ったイネカメムシが増えた可能性が高い」(病害虫防除室)とみる。
突然変異などで耐性を持つ個体が生まれ、世代交代を繰り返すことで感受性が低下することは珍しくない。
同試験場は「薬剤の連用によって、耐性を持つイネカメムシは毎年一定数発生する」とした上で、「出穂した稲を追いかけて移動するので、先々で薬剤を浴びる。それでも生き残った強い虫が繁殖することで、他の斑点米カメムシよりも短い時間で耐性を持つ虫が増えているのではないか」と推測する。
今回、薬剤散布後も発生していると情報を寄せた3人の地元の県の研究機関によると、薬剤感受性の検証や、特定の薬剤の連用も確認されていなかった。
だが、埼玉県病害虫防除所は「防除体系によって効きにくい薬剤が出てくる可能性はある」と指摘。「今後データを集めていきたい」との考えを示した。
捕食されにくく
もう一つ、記者が気になったのが昨年の暖冬の影響だ。越冬数が増えていることが薬剤散布後の再発生に結び付いているかどうかも調べた。
埼玉県病害虫防除所に尋ねると、「越冬数が多いと、防除しても外から水田に飛来してくる数も多くなることがある」との回答を得た。
同防除所が7月8日に発表した同害虫の注意報によると、予察灯の誘殺数は同月3日時点で122頭。多発した昨年を既に超えており、今年の発生数の多さを指摘している。
暖冬に加えて、同防除所は、カメムシ類の中でも大型であるため「他の虫に捕食されにくいことで、生息数がさらに増えている可能性がある」とみる。
3人の投稿者以外にも発生情報が寄せられ、計8人に詳しい話を聞けた。発生時期が前倒しになっていたり、周囲に耕作放棄地があったりと、現場での発生実態が見えてきた。
兵庫県淡路市の男性は出穂前に発見し「例年より1週間早い」とした。他の水田と比べて、出穂が早い水田に集中しているという。福岡県築上町での発生状況を伝えた男性も「昨年と比べて多く、(発生時期も)早いと感じる」と話す。
初めて見つけたという大阪府高槻市の男性は、その場所を「山間部の水田」と説明。発生量が多いという千葉県勝浦市の男性は、水田の周りに「不耕作地が多い」とのメッセージを寄せた。
(高内杏奈)
[ことば]イネカメムシ 1970年代後半以降、ほとんど確認されていなかったが、2020年ごろから関東以西で発生と被害が見られるようになった。成虫は茶褐色で体長1センチを超える大型の斑点米カメムシ類。成虫で越冬する。