年末が近付く12月上旬。作業場では、数人の女性が稲わらで編まれた玄関飾りに、ダイダイをくくり付ける作業に追われていた。

高橋課長によると、最近の玄関飾りは近代的なデザインの家に合う、しめ縄をリース状にしたタイプが流行している。同社の売り上げのうち、関東に限って言えば9割はリースタイプで、飾りにかんきつは使われない。
それでも山陰地方などでは、子孫繁栄の願いが込められた縁起物として「今も、ダイダイを使った伝統的な飾りを使う家庭が多い」といい、現在も同社の主力商品の一つとなっている。
ただ、ここ数年はダイダイの数量を確保するのに苦労している。同社が昨年、飾り用に仕入れた数量は約17トン。「必要数はなんとか確保しているが、調達は毎年ギリギリの状態」(高橋課長)。
なぜか――。高橋課長は「取引している産地の収穫量が年々減っている」と話す。「需要はあるので、まとまった量を作ることができる別の産地があれば、取引したい。でもなかなか見付からなくて…」と悩む。
産地では今、何が起きているのか。記者は、国内のダイダイ主力産地の一つ、静岡県伊東市に飛び、さらに取材を進めた。

「高齢になると、こんな高い木に登って収穫するのは本当に大変」。同市でダイダイ6アールを栽培する稲葉安雄さん(67)は、自身の木を記者を案内しながら、そう説明した。
管内は江戸時代末期から続くダイダイ産地。推定樹齢100年を超える、高く伸びた老木も多い。高所での作業を理由に、ダイダイ栽培をやめた農家も少なくないという。
地元のJAふじ伊豆のあいら伊豆営農経済センターによると、管内のダイダイ生産者数は2006年時点で270人いたが、現在は102人に減った。
稲葉さんによると、ダイダイは他のかんきつに比べて管理作業の負担が少ないが、やはり高所作業での収穫は苦労している。それでも「ダイダイがなくなってしまうのは、さびしい」との思いで栽培を続けている。

東京都内の青果卸に、近年のダイダイの入荷状況を聞いてみた。ある卸のせり人は「ひっ迫感が強い」と強調。関東で出回るのは主に静岡産と和歌山産だが、入荷が減っているという。「縁起物で欠品が許される品目ではない。悩んでいる」と明かす。
そのせり人によると、近年は鏡餅向けの注文はほぼなく、玄関飾り向けの注文が需要の大半を占める。「品薄が続くと、玄関飾りでも他のかんきつを使うような流れになりかねない」と指摘する。

食用ではないダイダイは他のかんきつ類と比べて価格が低い。その上、着果量が少ない性質があって収量が伸びにくく「農家の手取りは食用かんきつ類の半分以下」(同センター)。需要があっても増産する状況にはなりにくいという。
それでもJAは「収穫する人がいる限り、ダイダイの出荷は続ける」考え。業者と事前契約した数量を守るため、「職員が収穫を担うこともある」(同センター)。伝統作物を残したい農家と、その農家を支えるJAによって、かろうじて生産が維持されていた。
4日付の後編は、おせち料理を彩る、ある食材について探る。
(金子祥也)
鏡餅に載せるのは? 最多はダイダイ
正月の玄関飾りだけでなく、鏡餅にも欠かせないダイダイ。ただ、最近は存在感は薄れつつあり、同じかんきつ類のミカンを使ったり、プラスチック製の飾りで済ませたりすることも多い。「農家の特報班」LINEの友だち登録者にクイズ形式で「鏡餅の上に載せる伝統的なかんきつ類は何か」を聞くと、132人の回答者のうち、「ダイダイ」を選んだのは56%。一方、40%は「ミカン」と回答した。
正月に鏡餅を飾る人に、上に何を載せるか尋ねると「本物のかんきつ類」との回答が80%、「プラスチック製の飾り」との回答が20%と一定の割合を占めた。

中央果実協会によると、「ダイダイ」の名前の由来になった「新旧代々実る」という性質が関係している。一般的なかんきつは、成熟すると自然に落果する。だが、ダイダイは次の結実期も前年の果実が残るほど落果しにくい。そこから「縁起物として正月のお飾りに用いられるようになった」(同協会)。ダイダイの名称は、室町時代後期になって普及するようになったという。
友だち登録者には、鏡餅の上に載せるかんきつに込められた意味もクイズ形式で尋ねた。正解の「子孫繁栄」の回答は75%を占めた。ダイダイを使うことが少なくなっても、込められた意味は伝わっているようだ。