複数の農家に当たる中、取材に応じてくれたのは新潟県長岡市の水稲農家、橋場小百合さん(39)。3児の母で、夫の英範さん(39)と30ヘクタールを切り盛りする。直販用の米の配達準備に追われる中、話を聞くことができた。
まず記者が投げかけたのは、農業経営や組織運営に積極的に参画できない理由だ。小百合さんはアンケート結果の「家事、子育てと両立できない」という回答に着目した。
「これは私も共感します」。そう話す小百合さんの目線の先で、英範さんが子ども2人の面倒を見ていた。「今では夫と一定に分担ができていますが、今の形になるまで、たくさんぶつかりました」

「農家はそういうもの」と自分に言い聞かせるも「心にはモヤモヤが募っていった」。
限界が来たのは次男が生まれた17年。生後間もない子の世話をしながら、2歳の長男の面倒も見なければならない。「ワンオペ育児」が毎日続いた。
「もう無理」。ある夜、英範さんに声を荒らげて気持ちを吐き出した。「正直、戸惑いました」と英範さんは振り返る。
15代続く水稲農家に生まれた英範さん。「両親がそうだったように、男性は外で働き、女性は家庭を守るものだと考えていました」と打ち明ける。
家事・育児に加え、田植えなども手伝う小百合さんの生活サイクルを改めて省みて「自分も家事・育児をするのが正解なんだ」という気持ちが生まれた。
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話し合いの末、せめて朝食は「家族全員で食べる」と約束。英範さんは子どもの食事の世話をきっかけに、積極的に子育てに関わるようになった。「どんなに忙しくても、朝ごはんの時間は家に帰ってくるようになりました」と小百合さん。
家事・育児の分担は、農閑期だと「半分ずつ」。農繁期は英範さんの仕事量が増えるので「どうしても私の方が多くなります。でも以前より大きく前進しました」と話す。
英範さんは農作業、小百合さんは自ら開設したオンラインショップの運営や知人らへの直販などを担当する。
もともとは建築の設計士のキャリアを積んできた小百合さん。結婚を機に同市に移住した当初は、新潟市で設計士の仕事を続けながら、子育てと農業の手伝いをこなしていた。通勤時間は往復3時間。夕方、いつものようにスーパーに駆け込み、ふと思った。
「私がやりたいことって何だっけ」
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結婚後、稲作や野菜作りに携わる中、「土に触れ、お米や野菜が育っていく姿を子どもたちに伝えたい」という気持ちが強くなっていた。それなのに、出来合いの総菜を買わないといけないほど、時間の余裕はなかった。
「自分の進む方向を見直そう」と思った瞬間だった。
設計士の仕事を辞め、農業に絞ったのは19年。手伝いににとどまらず、新たに販売事業を始めた。得意なデザインと顧客対応で、それまで生産・出荷だけだった一家の農業経営に、オンライン販売や直販という新たな収入の柱をつくった。
提案を受けた英範さんも「どんどんやって」と快諾。「僕にはないセンスがある」と経営上の戦力として小百合さんを頼りにする。

小百合さんが米の配達に行くとき、英範さんが子どもの面倒を見ることもあれば、一緒に連れていくこともある。
「農業に今までの経験が生かせてうれしい。仕事や家事・育児に追われていた以前より、自分らしく生きられています」と笑顔を見せる。
(高内杏奈、撮影・福本卓郎)
