[論説]政府備蓄米の見直し 食料安保へ水準堅持を
国による米の備蓄は1995年に始まった。きっかけは93年産米が作況指数74の凶作になったこと。主食の米を不作時でも国民に安定供給しようと、95年施行の食糧法で制度化された。現在の適正水準は100万トン程度。10年に1度の不作(作況指数92)と、通常の不作(同94)が続いた場合でも対応できる水準として設定した。
だが、ここにきて備蓄水準の引き下げ論が目立ってきている。7月31日に開かれた農水省の審議会では、日本テレビの宮島香澄解説委員が「現代人は米があれば満足、安全保障が足りるというわけにはいかない」と米備蓄の規模縮小を提案。日本経団連の岩村有広常務も「指摘は重要。中長期的な課題としてしっかり受け止めてもらいたい」と同調した。同省も、基本法見直しの議論で、米の民間在庫なども備蓄に加える「総合的な備蓄」を提起。政府備蓄を削減したい意向がにじむ。
背景の一つにあるのは、財政負担の問題だ。同省によると、米の備蓄にかかる費用(21年度)は、米の購入や保管経費で約490億円に上る。同省は「財政負担との関係も国民に説明できなければならない」として「総合的な備蓄」の必要性を強調する。
備蓄の経費は国民の税金で、無駄な支出は避けなければならない。だが、世界の人口増で食料需要が増す中、異常気象は常態化し、ウクライナ危機は長期化する。家畜伝染病のまん延なども加わり生産は一層、不安定化する。海外からの依存を脱却し、国産を基軸とした食料安保を議論している最中の備蓄水準引き下げは、足元の農業を軽視していると考えざるを得ない。
JAグループは、現行備蓄水準の堅持を求めているが、当然だ。備蓄制度創設のきっかけとなった93年産米の凶作の際には、米国やタイなどから259万トンを緊急輸入してしのいだ。今後、不測の事態が起きた際、緊急輸入できる保証はない。7月下旬には、最大の米輸出国インドが長粒種の白米輸出を禁止した。
岸田文雄首相は食料安保強化を柱に掲げ、基本法の見直しに乗り出した。先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)では、食料の生産・供給体制を強靱(きょうじん)化する必要があるとする首脳宣言をまとめた。水準引き下げは、首相の本気度が問われることになりかねない。