職人の世界では昔から「見て覚えろ」「技を盗め」という言葉がある。乱暴な言い方だが、私は「技術を言語化できないことの言い訳」だと思っている。 私は肉屋になる前、別業種の会社員を20年近くやってきて、後輩にいろいろ教えることも多かった。そして痛感したのが「人に物を教えるのは難しい」ということ。特に技術を教えるのは本当に難しい。一番ダメなのは「何も教えずとりあえずやらせる→ダメ出し」という流れ。自分も若い頃やられて本当に嫌だった。教える側は技術を自分の中で噛み砕き、自分の言葉にして教える。難しくとも、結局これ以外の方法はない。

なので自分がサラリーマンを辞めて実家の肉屋を継ぐことになった際、迷わず学校で学ぶことを決めた。ネットで見つけた群馬の全国食肉学校だ。仕事しつつゼロから学ぶのは難しい、というか効率が悪い。余裕のある大きい企業ならまだしも、家族経営に毛が生えたような零細小売業(つまりうちの実家)ではなおのことだ。 実際に学校を卒業し実家の肉屋に入ったあと、大先輩の職人さん(豚脱骨が超上手い)に技術的なことを質問するが…ほとんど教えてくれない。技術は一流でも「技術があること」と「それを言語化して人に教える」ことは、まったく別の能力なのだろう。
その自分も新しいバイトさんに惣菜作りなどを教えることが多くなった。その際はできるだけ手順をレシピ化したりコツを書き出したりしている。こうやって自分の技術を言語化すると、意外とムダや曖昧な点が見つかって、自らの技術を再点検できる。教えることで自らの技術も見直せる、言語化の副産物と言えるかも。

公益社団法人全国食肉学校 総合養成科第49期卒業
(有)岸商店(精肉店・東京都品川区)店長
五十嵐達雄