[論説]農作業事故の撲滅 韓国学び法制化進めよ
岸田文雄首相は臨時国会での所信表明演説で「持続的な食料の安定供給に向け、食料安全保障の強化、農業のスマート化・グリーン化の推進を図る」と強調した。持続的な食料の安定供給は、安全が大前提となる。
2021年の農作業事故による死亡者数は242人で、10万人当たりの死亡事故発生件数は全産業平均の8倍、建設業の2倍に上る。けがは調査さえ行われていない。農作業中の重傷事故が相次げば離農につながり、生産基盤も維持できなくなる。若い人材が参入しても、安全が確保されていなければ、重傷事故につながる恐れもあり、法整備へ動き出す必要がある。
韓国では、50人を超える与野党議員が農作業事故の重大さを認識し、農業者の命を守る法制化を実現した。持続可能な農業を支えようと15年、議員立法で「農漁業者の安全災害及び予防に関する法律」(農災保険法)を制定、16年から施行した。同法は、政府が事故の実態調査を行い、予防策を定めることを義務付けたのが特徴だ。
政府機関の農村振興庁が全102万戸のうち1万2000戸を対象に損傷と疾病の状況を調査する。調査の結果、農地や畜舎などでの転倒事故が多いことが分かり、滑りにくい靴を開発・普及し、事故削減につなげている。
同国では22年、「重大災害処罰法」も施行され、農作業事故に関する調査、研究体制をさらに強化した。24年からは、従業員を5人以上雇用する事業所で、作業中の事故で1人以上亡くなれば「重大災害」とし、国が詳細な事故調査に乗り出す方針だ。
一方、日本はどうか。韓国と比べて、農作業事故は見捨てられた労働災害になっていないか。農家が死傷事故に遭っても、国や自治体による調査は行われず、他産業に比べて安全対策は後手に回っている。労働者は法律で安全が担保されているが、個人農家の命を守る法律はない。
安全に作業できる環境を整えることは、担い手を確保する上で欠かせないが、国会の場でほとんど議論されていないのが実情だ。「農作業安全」が国会で取り上げられたのは直近10回(約600日)の中で5回(5日)に過ぎず、関心の低さがうかがえる。韓国の取り組みに学び、農作業事故の撲滅に向け、法制化の議論を求めたい。