[論説]過労死防止法10年 命最優先の労働環境に
政府は、「過労死等」の定義を、業務上の過重な負荷による①脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡②精神障害を原因とする自殺による死亡③死亡には至らないが、これらの脳血管疾患・心臓疾患、精神障害――としている。
厚生労働省によると、脳・心臓疾患による労災認定件数は2023年度は216件。うち死亡は58件と、4分の1に上る。精神障害による労災認定件数は同883件、うち79件は自殺(未遂を含む)だ。脳・心臓疾患の過労死は減少傾向にあるが、精神障害による過労死は横ばいが続く。
大手広告代理店に務めていた新入社員の女性が過労自殺した事件が注目されたのは17年。その前後から政府は「働き方改革」を主導し、残業規制などで労働時間は減少してきた。だが、必ずしも過労死の減少につながっていない。
農業の現場もひとごとではない。24年版「過労死等防止対策白書」では、10年度から12年間の過労死などの認定事例を分析。脳・心臓疾患の労災のうち、業種別にみて1カ月当たりの時間外労働時間(平均)が120時間を超えた割合は、農林業が58・3%と最多に上った。
ただ、こうした数字さえ、氷山の一角の可能性がある。警察庁・厚労省の統計では、23年に「勤務問題」を理由にした自殺者は2875人に上る。一方、23年度の自殺による労災請求の件数は212件と約7%にとどまる。過労死弁護団全国連絡会議は「働く者の命と健康を守るためには、その実態把握が不可欠」と指摘する。労災保険に加入していない農家も含め、過労死の実態調査が急務だ。
政府は、労働時間の削減や有給休暇の取得率向上などの目標を掲げて対策に取り組んでいる。農家は従業員を雇用していれば、事業主として労働時間の管理など安全配慮義務を果たさなければならない。同時に雇用の有無にかかわらず、自身の働き方に目を向け、死傷事故につながる過重労働への配慮が重要だ。
農作業は繁閑の差が大きく天候に左右される。農繁期は、「あともう少しだから」と無理をしがちだ。それが農作業事故や過労死を招く。
終業から翌日の始業まで一定の時間を空ける「勤務間インターバル制度」を自主的に取り入れるのも有効だ。「過労死ゼロ」へ、できることから取り組んでいこう。