
木之内 均
きのうち・ひとし
1961年神奈川県生まれ。九州東海大学農学部卒業後、熊本・阿蘇で新規参入。(有)木之内農園、(株)花の海の経営の傍ら、東海大学熊本キャンパス長・経営学部長、熊本県教育委員を務める。著書に「大地への夢」。
昨年の夏から騒がれだした米の値上がりは、秋の新米収穫後も続き、今回農水省の21万トンの備蓄米放出となった。これで米の高値は収まるのか。
しかし、そもそも米は高いのか。米の生産者価格は夏からの米不足の動きで現在玄米60キロ当たり1万8000~2万2000円である。ここ数年1万~1万3000円であった生産者価格が久々に値上がりした。しかしこの価格は私が就農した40年前の価格である。その後、生産者米価は下がり続け、全く再生産価格にならない状況が続いてきた。その結果、米を作る農家は激減している。
若者の農業離れ
他の農産物を見ても、肥料・農薬や資材の高騰の割に農産物の価格が上がらないことから、どの品目を取っても採算割れを起こす状況が目立つ。農業では生活費すら出ないと若者の農業離れは進むばかりである。
現在、農業者の60%は70歳以上、20%が60代であり、高齢者で支えられているのが日本農業である。さらに危機的なことに、40歳未満の若手農業者は5%しかいない。今後も若手農業者の就農が増える見込みは薄い。期待される農業法人も、各地の経営者から聞かれるのは、この農薬・肥料や資材、人件費の高騰に加えた人手不足の状況では、規模拡大どころか今を生き残ることで精いっぱいという声だ。
消費者は茶わん1杯分の米の価格を考えたことがあるだろうか。仮に10キロ6000円の白米で炊いた茶わん1杯の価格を計算すると約40~50円である。どんぶり飯でも60~70円だ。この価格が本当に高いのだろうか。自動販売機の飲料はここ数年30~50円値上がりしたが、消費者もマスコミもほとんど騒がない。
農産物の大半は農家自ら価格を決定できない。市場の需給バランスがあることは分かるが、再生産価格割れでも我慢をして地に足を着けて頑張ってきた農業者の気持ちを消費者はどのくらい分かっているのだろうか。
少しでも安くいいものを届けることを追求してきた流通業も、生産基盤を失いつつある日本農業をどう捉えているのか。70代の農業者がリタイアしていくこの10年、もし海外から食料が輸入困難になりでもしたら米の高騰くらいでは済まないことは目に見えている。
国民的な議論を
若者が農業を職業として選択できるための再生産可能な価格がどうあるべきか、根本的な議論を国民的レベルで行っていく重要な投げかけを、今回の米価高騰は教えてくれているのではないだろうか。農水省は米が高騰したから備蓄米放出ではなく、日本農業の現状を国民レベルで議論する良い機会と捉え、日本農業の持続可能な在り方を議論していただきたい。