

3月上旬、食堂からかっぽう着やエプロンを着けた5~11歳の8人の声が聞こえてきた。主菜はタコライス。具材に使う市内産のニンジンとタマネギ、ブランド豚「阿波とん豚」のひき肉は黒川さんが直売所で購入。卵は午前9時に集合した子どもたちが歩いて5分の土曜市で選んだ。
「次、私の番!」。黒川さんが見守る中、児童らが順番に包丁を握り、フライパンを振っていく。小学5年の尾山瑞姫さん(11)がフライ返しで具材を混ぜ合わせ、「うまくできた」と自慢げに言った頃、開店時間の11時半を迎えた。
高校生までは無料、大人は300円を払えば料理を食べられる。食材費などの不足分は、市の支援団体からの寄付で賄っている。安価で温かい食事を提供する「子ども食堂」は、国公立中学校数と並ぶ9132カ所まで増加した。“ボランティア給食”とも呼ばれるように、社会インフラになりつつあるが、「調理員が子ども」の子ども食堂は全国的にも珍しい。
なぜ、子どもが調理するのか。「阿南の豊かな食材に触れ、作る楽しさも食べる楽しさも知ってほしい」と、黒川さんは言う。初回にも調理員として参加した尾山さんは、当時小学4年。学童保育の連絡網で食堂の開設を知った母・陽子さん(40)は、開催のたびにけがや食中毒などに対応できる保険に加入することを知り、安心して娘を送り出した。
タコライスは、陽子さんが「マイルドな味なのに、ご飯が進む。まるで料理教室だ」と太鼓判を押す出来だ。尾山さんが「もう包丁もコンロも使えるよ。家の料理も、もっと任せてほしいな」と隣で語りかけた。食堂開設前よりも、料理をよく手伝ってくれるようになったという。