酒販店の店頭で立って酒を飲む「角打ち」をカフェやバーのような内外装にした「ネオ角打ち」が、若者や女性を中心に人気を集める。購入前に味わえるため、自分好みの酒を確実に選べると好評だ。日本酒の出荷量が低迷する中、消費者のトレンドをつかむ場として酒蔵も注目し、酒造りに生かす。
ネオ角打ちは、これまでの酒販店同様、地域で独立した経営が多いが、浅野日本酒店(大阪市)は全国に5店舗を展開する。販売する日本酒約100種類が無料試飲できる。気になる日本酒が購入後、口に合わなかったと残念な思いをすることがない。
カフェ感覚演出
浅野日本酒店KYOTO(京都市)は、若者受けする古着やアンティーク雑貨店が立ち並ぶ富小路通に、2022年から店を構える。
店内は、白を基調とした明るい雰囲気で、冷蔵ケースや棚には日本酒や焼酎などが並ぶ。角打ちとして店内奥には20人ほどが立ち飲みできるカウンターがあり、若者や外国人でにぎわう。ワイングラスで45ミリリットルや90ミリリットルを有料で味わえる。
愛知県大府市の会社員、岩田伊万里さん(26)は京都「稼ぎ頭」を買いに訪れた。日本酒は普段、ネットで買うことが多い。いろいろ試したいが、安価ではなく、味も分からないのが悩みだ。「初めての銘柄ほど口に合うか確認したいし、この店は初心者でも店員が丁寧に教えてくれる」と友人と乾杯した。
ストーリー語る
同店は、週替わりで一つの酒蔵に絞ったフェアを開く。流通量が少ない酒を気軽に飲め、酒蔵社員が店頭で魅力を発信する。
こうしたフェアが、消費者のニーズを探る場であり、酒造りにも生きている。生酒特有の微発泡感と爽やかでフルーティーな味わいの「風の森」で知られる、奈良県御所市の油長酒造の山本長兵衛蔵主は「ネオ角打ちは、うんちくを語らなくても直感でおいしいと言える場。酒蔵が若者に直接訴求して販売できるのは優位だ」と強調する。山本蔵主によると、若い世代は酒を通じた社会貢献やストーリー性も求めるという。同社は里山や棚田の保全活動に力を入れている点もアピールする。
浅野日本酒店の浅野洋平代表は「好みの酒に出合う場として、カフェにいるような見せ方や楽しさを演出した。その後は購入して自宅でじっくり味わって飲んでほしい」と消費拡大を展望する。
米への理解深める契機に 早稲田大学人間科学学術院・橋本健二教授

山形「十四代」や秋田「新政」などの蔵元が、1990~2000年代に世代交代し若返った。若い感性を生かした、味が濃く華やかな香りの酒をネオ角打ちで気軽に飲めるようにしたことが大きい。原料米ごとに味の違いを打ち出す独自の銘柄が多く生まれ、若者は先入観なく新しい日本酒にのめり込んでいる。
酒造好適米だけでなく、普段食べている米で作った日本酒も増えると、米文化への理解がより深まる。ネオ角打ちは今後も日本酒が継承されるために、酒蔵と消費者を育てる大切な場になっていく。
<取材後記>
「いつもの下さい!」と、大学生風の男性が京都の浅野日本酒店に明るく来店した光景が忘れられない。日本酒の国内出荷量は1973年をピークに、2023年は約39万キロリットルと4分の1以下に減ったが、そんな閉塞(へいそく)感はみじんもない。居合わせた客と話題が弾むのも人気の理由だろう。
「風の森」が生まれた1998年は、淡麗辛口の酒が定番だった。山本蔵主は「飲んだ人に奈良の田園風景が浮かぶ酒を造りたかった」と振り返る。味わいに特徴のある日本酒が増え、香りや飲むことを通じて酒蔵のある土地に旅をした気分になれる。一口の向こうには蔵人や農家の努力があることも伝わってくる。ネオ角打ちに集う若者を見ると、日本酒復権の道も明るいかもしれない。
(木村泰之)
