次郎柿の歴史を次代に 初収穫から110年、古木調査 愛知・JA豊橋の研究会
先人が切り開いた農地に植えられた古木は、病害虫や戦禍、数々の自然災害にも耐え、多くの実りをもたらしてきた。近年では、農家の高齢化や後継者不足で毎年、多くの木が伐採され、古木が姿を消している。
石巻本町の加藤泰樹さんの柿園には、曽祖父の吉太郎さんが1915年ごろ「次郎柿の発祥」とされる静岡県森町で栽培を学び、苗を帰って植えたとされる19本の古木があった。現在は生産性などの観点から、剪定(せんてい)して木の高さや枝の広がりを抑えるのが主流。一方、古木は高さ約4メートル、枝の広がりは約7、8メートルと大きい。
加藤さんは「枝がしっかりしていて折れることはないし、大きな果実がなるが、脚立を使っても手が届かず、剪定や収穫に苦労することも多い。このまま管理は続け、曽祖父が残した木を引き継いでいきたい」と話す。
調査した研究会の鈴木義弘会長は「地域での栽培や根付いたきっかけなどを知ることができた。地域の財産として、小学校などの教育に活用してほしい」と話した。
豊橋市北部の石巻地区では、養蚕に代わる産業として柿「次郎」などの果樹栽培が盛んになったという。豊橋産「次郎」は、シャキシャキとした歯応えが特徴だ。