「彼が町に来て、地域に活気が戻ってきた。たくさん友達も連れて来てくれて、若者の姿も増えたんだよ」。
飛川さんが働く民宿は、同市門前町黒島にある。民宿の隣に住む升潟孝之さん(55)によると、高齢者や単身の在宅避難が多い同地区では、住民同士が交流する機会が減っていた。「とび(飛川さんのあだ名)が長期で来て住民と関係性をつくってくれた。知った顔が町を歩いているだけで心強い」。飛川さんが11月に主催した交流会には、2日間で24人の住民が駆け付けた。民宿に来た10人ほどの大学生との交流の場にもなった。
飛川さんの民宿での主な仕事は経理事務や広報、清掃、宿泊客の案内など。日課の散歩では住民との出合い頭の会話を楽しむ。「かわらが落ちているんだけど拾ってくれんか」「雑草に困っているから草刈りしてほしい」など小さな困り事を手伝う。次第に地元の人との絆を強めた。
初めて黒島を訪れたのは、今年8月。震災前から開業準備を進めていた民宿「ゲストハウス黒島」にボランティアで1週間ほど滞在しながら、住民と交流した。
「黒島は野菜も海のものも自給自足よ」「昔ながらの町並みが誇りなの」「祭りにはこんな伝統があってね…」。東京で生まれ育った飛川さんは、住民が語る「かつての黒島」に、人と自然とのつながりで営まれてきた暮らしの豊かさや文化の歴史の厚みを感じた。
黒島は江戸時代、幕府の直轄地(天領)とされて船主の町として栄えた。伝統的な建物や町並みが残る国の重要伝統的建造物群保存地区だ。被災前には274人が暮らしていたが、元日の地震で多くの建物が全壊。17隻が漁に出ていた黒島漁港は4メートル隆起し、海に出られない状況が続く。
「町の魅力を生き生きと語る地元の人たちの姿に感動した」という飛川さん。一方で、人々の地元愛と被災した現状とのギャップが胸に刺さる。「豊かさを残す復興をこの目で見たい」と、休学を決めた。
きっかけとなった1週間の滞在で活用したのは、石川県が実施する「能登サテライトキャンパス事業(のと復興留学)」。11月末までに60人が参加した。県は「飛川さんの活動は成功事例として捉えている。住民との交流を通して復興に関心を持ってもらい、息の長い関係人口につなげていきたい」(地域振興課)と話す。
(島津爽穂)