韓国

韓国大統領の弾劾決議を求める大規模デモが続いていた12月上旬、ソウル近郊の野菜農家、キム・チャンヨンさん(58)が「今年の政治状況は大変だが、農業も大事件だ」とスマートフォンの画面を向けた。葉や茎が色を失い、小さな赤い実が落果しているハウス内の写真。トマトキバガによる被害だった。
韓国で初めて侵入が確認されたのは4月。被害は全土に広がり、一部の産地は壊滅的被害を受け、今年の出荷を断念した。キムさんの地域も同じで、「ハウス8棟で栽培していたトマトが夏までに全滅した」と振り返る。
キムさんは25年前、慣行栽培から化学農薬などを使わない「親環境栽培」に変え、学校給食に野菜を提供している。「よりいいものを求める消費者の意識の変化と、子どもたちに新鮮、安全、おいしいものを食べてもらいたい」からだが、農薬を使わない分、トマトキバガの被害は「より深刻だった」と語る。
「送風機で煙幕を吹き付ける防除を試みたが、雌1匹が1日に300個近い卵を産み付け、お手上げだった。近年は温暖化で見たこともない病害虫や雑草が増えている」。キムさんはそう語り、「ただでさえ資材費が上がっているのに」と視線を向けた先には、11月末の大雪で押しつぶされたハウスがあった。
インド

「サイクロンや病害虫が増え、農業は自然との闘いなんだと痛感させられる」。11月末、インド北部ハリヤナ州で野菜を育てているニーラジ・シン・タクールさん(34)が言い、隣にいたいとこのゴラブ・チャハンさん(31)がうなずいた。
インドの農業はほとんどが家族経営だが、親戚が集まって共同で資材調達や作業をするのが一般的で、2人もハウス15棟でパプリカを一緒に育てている。タクールさんと両親は10年前、州政府の補助でハウス40棟を建てたが、2021年6月の大型サイクロンで25棟が破壊された。「資材の高騰と農産物価格の低迷」で現在も再建できないでいる。
チャハンさんは「日本も自然災害はひどいのか?」と記者に問うた。日本も同じだと答えると、「お互い頑張ろうと伝えてくれ」と笑顔と大きな手で握手を求めてきた。
(栗田慎一)
世界の農業損失 年19兆円
国連食糧農業機関(FAO)によると、1991年から2021年に病虫害を含む自然災害による世界の農業損失額(推定)は、年平均1230億ドル(約19兆1880億円)。1年間の世界農業総生産の5%に相当する。
FAOの報告書によると死者10人、負傷者100人以上を出すなどした暴風雨、洪水、干ばつ、山火事、地震、火山活動といった災害や深刻な病虫害が21年までの30年間に世界で約1万件発生。それによる農業損失額(推定)は30年で計3兆8000億ドル(約592兆円)に達した。
世界の自然災害による作物や畜産物の損失は増加傾向にあり、30年間で穀物が年平均約6900万トン、果物・野菜、糖料作物がそれぞれ年平均約4000万トン、根菜類、肉・乳製品・卵がそれぞれ年平均約1600万トンに上った。22年の日本の野菜・果樹の生産量は1516万トンで、いずれの作物、畜産物の損失もこれを大きく上回った。
FAOは「自然災害は世界中の農業にかつてないレベルの損害をもたらしている」と警告。各国政府に対し、「あらゆる災害リスクを軽減する戦略を、農業政策に優先的に組み込むことが必要だ」と求めている。
(糸井里未)