ある日、私が母に「前日にペペロンチーノを食べて4連勝をした」と言ったところ、「私のペペロンチーノが良かったのね」と。そこから対局前日は、必ずペペロンチーノになったんです。実家にいる間は、ペペロンチーノを見るとつい対局前かなあと思ってしまうくらいでした。
ただ女流棋士になってからは、対局の前日よりも対局中のご飯の方が気になってきました。
対局前日は栄養をつけようと思って、けっこうお肉とかを食べたりするんです。でも対局中は、あまり食べられません。私は逆流性食道炎のため、精神的にいっぱいになると、食べられなくなっちゃうんですよ。
女流棋士の対局は、持ち時間が短いんです。短距離走みたいに、瞬発力の方が大事といいますか。食事も、短時間でエネルギー補給をするような感じです。昼食休憩の頃は、ものすごく大事な局面になっていることが多いんですよ。棋士ならたくさんご飯を召し上がる方が多いんですけど、女流棋士はけっこう小食。男女で胃袋の差もあるでしょうけど、それ以上に持ち時間が短いため局面が緊迫し、とても食べる状況じゃないことが多いからではないでしょうか。
でもお昼を食べないと、終盤にエネルギー切れになってミスが出て負けちゃうんです。なので必ずおなかには何か入れたいんですけど、私は物理的に食べられないものが多くて。一時期はゼリー飲料をお昼ご飯として利用していました。
他に何か食べられるものを探そうと思って、出前の料理をいろいろ頼んでみました。その結果、「ほそ島や」さんのうどんなら食べられることがわかったんです。「ほそ島や」さんは、将棋会館そばのそば屋さん。そばがおいしいのでしょうけど、駄目でした。ラーメンもやっていてそちらならいけるかなと思って食べたんですが、脂っこくて。最終的に、うどんに落ち着いたんです。
去年の12月にたぬきうどんを食べて勝ち、それからずっとたぬきうどんで7連勝。全部食べることができたので、終盤になってもミスをしないで持ちこたえることができた。たぬきうどん効果だと思います。 対局で勝った日は、サウナに行きます。将棋は、勝ち切る時が一番頭を使うんですよ。なので勝った時は心は元気だけど、体は疲れています。疲れた体を癒やすためにサウナに入って、オロポというオロナミンCとポカリスエットを混ぜたものを飲むのがすごく楽しみです。
負けた時はサウナに行く気になれません。家に帰って粛々と反省会をします。負けたら全然食欲が湧かないんです。真夜中に急におなかがすいたことに気付いても、体が動かない……みたいなことが多いですね。 普段は家でずっと将棋の勉強をしているので、あまり買い物にも行きません。出掛けた時に食材をまとめ買いします。野菜を取るように心がけていて、鍋やミネストローネ、ポテトサラダをたくさん作り、何回か連続で食べることが多いですね。
それと忘れていけないのがご飯。父方の祖父が、鳥取でお米を作っているんですよ。もう80代ですけどまだまだ元気。私は生まれた時から、祖父の作った「コシヒカリ」しか食べたことがなくて。詳しくは覚えていませんが、品評会で受賞したという話も聞かされました。おかげでスクスクと育つことができました。嫁に行った今でも、送ってもらっています。たまにお米の中に小さな石が入っていたりするんですが、それをサッと取り除くのも上手になりました。
私の体を支えてくれた祖父のお米。これからも祖父のお米を食べ続けて、頑張りたいと思います。
(聞き手・菊地武顕)
やまぐち・えりこ 1991年、大阪府生まれ、東京都育ち。堀口弘治七段門下。小学1年の頃に父に将棋を習い、将棋道場に通うように。2003年に女流育成会に入会し、08年4月に女流棋士に。10年に女流初段に昇段した。「将棋フォーカス」(NHKEテレ)で司会を務めるほか、ユーチューブ「女流棋士 山口恵梨子ちゃんねる」などで将棋の普及にも力を入れる。24年1月、女流三段に昇段。